「ズルい」


ぼそっと、それこそ独り言のように呟かれた言葉。部屋の床に座って雑誌を開いていたボクは、ページをめくる手をとめて、ゆっくりと彼の方を見た。


「黄瀬くん?」

「ズルいっスよ」

「何がですか」


いつの間に、と思うほど唐突に、彼は壁にもたれかかるのをやめて膝を抱えていた。綺麗な金髪が窓からの風に揺れる。膝にまわされた腕、手のひらがぎゅっと握られて。


「…俺だって、黒子っちと連携なんかしたことないのに」

「……?」

「アイツばっかりいつもいつも。…だから嫌なんスよ、アイツなんか」

「…ああ、」


彼ですか、とチームメイトの名を口にする。その瞬間にバッと顔をあげた彼。驚いたようにボクを見、それから困ったように瞳を細めて絞りだすような声でいう。


「…やっぱり黒子っちはアイツがいいんスか」

「…黄瀬くん」

「俺よりアイツなんかがいいんスか。俺の方がバスケも強いし、背だけはちょっと小さいけど、ずっとずっと黒子っちのこと見てたのに!!!」


ひゅ、と風をきる音に次いで、ガシャンと小気味いい音が響いた。気付かれないようにそっとテーブルを窺うと、彼用にと彼自身が用意したカップが姿を消している。きっとあれはもう、ボクの前に再び姿を現すことはないだろう。


「…信じらんない。高校に行っても黒子っちとバスケやって、もっともっと楽しくなるって思ってたのに」

「楽しい、じゃないですか」

「どこがっ、…っ!」

「ねえ、黄瀬くん」


ぱたんと雑誌を閉じる。彼のいる空間で、彼を感じようと惰性で読んでいたそれ。ボクがちょっとだけ笑うと、激昂していた彼は一変、歓喜と後悔が入りまじったような表情をした。


「ボクはずっと、君とも闘ってみたかったんです」


ぬるり、こめかみを伝う熱を感じた。浅く肩で息をする彼を見ながら、ボクは出来る限り淡々と、言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ。


「バスケをしている時の君はすごくすごく綺麗で、」

「でも君は強いひと相手じゃないと試合に出ても来られないから」

「…火神くんのおかげで、それが叶った。楽しくなかったですか、黄瀬くん」


実際、初めて敵として闘った彼は本当に綺麗だった。天才としての格は守り続けながらも、彼は無邪気に成長していたのだ。かつて背中からしか見えていなかった彼とは違う。初めて試合中に正面から見た彼は、あたかも百獣の王であるかのような威厳を身体中から滲ませていた。


「…俺も、」

「はい」

「楽しかった。黒子っちと、バスケができて、楽しかったっス」

「よかった」


壁と床から自らをはがし、彼は申し訳なさそうに、おそるおそるボクに近寄ってきた。おびえるようにして伸ばされた手を拒まず、俯きがちになった彼の名を呼んだ。上目遣いでボクを窺い、ごめんね黒子っち、弱弱しい声でそういった。それがボクには可愛くてうれしくてたまらなくて、いいんですよ、といつも通り笑ってみせた。


「…ほんとにごめん」

「大丈夫です。だって黄瀬くんがそうやって、怒ったりするのもヤキモチやいたりするのもみんな、」


しょぼくれながら血を拭ってくれる彼を撫でる。つらそうな顔、手をすべらせてその頬に触れた。そっと近づいて、噛みしめられていたそこに、触れるだけの口付けをひとつ。



「ボクがすきだって、そういうことでしょう?」



籠の中の
(ボクの全ては君のもの!)
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