黄瀬に言われるままにさんざんひよこの山と向き合い、偶然か運が良いのか黄瀬の欲しいと言っていた色が大体そろったところで解放された。とはいっても、最初に入れた小銭が無くなったときに「今度はオレが出すから」と黄瀬が小銭を入れたため、オレの出費はそうたくさんは無い。カラフルなひよこを手の中にぎゅっと持って、黄瀬は何度も言った感謝の言葉をもう一度零した。
「火神、ほんと、ありがと」
「どーいたしまして。お前、結構安上がりなんだな」
「ええー。何それ、初めて言われた」
「前言撤回する。どこのオヒメサマだお前」
どうせ普段は鞄だのアクセサリーだの買ってもらうんだろうと勝手に推察する。その割に服装なんかは地味というか小ざっぱりしているというか、こういう系のファッションが分からないオレには値段も分かるはずもない。ただ、黄瀬がありがとうと言う度に返すどういたしましてが、懐かしいあの国の言葉で言えば「It's My Pleasure.」に近いことが、オレにとってはやっぱり少しだけ不思議だった。黄瀬の笑顔はあたたかい。
「黄瀬ぇー」
「はーあーい。どしたの青峰っち」
「バスケのゲームあったって、テツが。一緒にやんね?」
「え、行く行く! やる!」
「テツがやってんの、すっげーかっこいいぜ」
「オレも見るー!」
UFOキャッチャーのごみごみとした通路にいたオレたちを見つけて、青峰がひょいっと覗き込んで去っていった。黄瀬はひよこを握りしめたまま青峰を追っていく。一拍遅れてオレも足を踏み出した。青峰相手だと犬みてぇだな。ちょっと面白い。
着いて行った先のバスケゲームで、黒子が黙々とボールを拾っては投げていた。高校の頃よりずっと上がったシュート精度。独特な投げ方は変わっていない。床で何度かついてシュッと投げる、入っても入らなくても黒子を見る二人の目はきらきらと光っていた。楽しそうで何より。
「黒子っちがバスケしてるの久しぶりに見た!」
「テツの試合見に行きてぇなー」
「そうですね、……いつか」
「今度一緒にしよっス」
「近くにコートがあればいいんですけど」
「作ってくんねーのかね、アイツは」
「そこまでオレたちに自由くんないでしょ」
「黄瀬くん」
唐突に振り向いて、黄瀬に向かってにこりと笑う。黄瀬は一瞬ぽかんとして、それからあ、と呟いて俯いた。ごめんなさい。叱られた子どもみたいに零せば、黒子は良いんですよ、と黄瀬の頭を撫でる。その間にかわされたものが何なのか、オレには分からない。部外者だなと感じる、ただそれだけだ。
笑っていない黄瀬を見たら少し心がざわついて、近寄って思い切り頭を引き寄せた。身長がそう変わらないから、黄色い頭はぼすっと首元におさまる。ぽんぽんと叩きながら、え、え、と動揺しているらしい黄瀬を無視してボールを拾う。ついてみる。返ってくる感触は、いつも触っているものとそう変わりない。
「ふーん。結構うまく出来てんだな」
「……投げてみた感触も変わりませんよ。火神くんもどうですか」
「お前が終わったらやってみる。ほらよ」
そのまま部活の時と同じ軽さでボールを投げ渡す。黒子はそれを胸でぽすんと受け取って、言葉では表しづらい表情ではい、と頷いた。かなしくもうれしくもない、ただ、泣きそうな顔だと思った。
何度かボールを投げる黒子を見て、球がきれたタイミングで交代した。それまでずっと抱えていた黄瀬の頭をもう一度叩いて、ぶはっと顔をあげるのに笑いながら小銭を入れる。がこん、落ちてくる球を拾い上げて。
「ほら黄瀬、先お前な」
「〜〜も、マジ、オレ全ッ然息できなかったんスけど!!」
「別に息止めてろとは誰も言ってねぇけど」
「あんなとこで息できるかバカ!」
「お前やんねぇならオレ先攻にしちまうぞー」
「っ、やる、っス!」
やりゃいんだろと半ば投げやりにオレからボールをひったくる。その後ろでにやにやと見ているのは青峰だ。外すなよ黄瀬ぇ、からかう調子はちゃんと楽しそう。こいつらの感情表現って結構単純、思った瞬間に黒子に軽くどつかれた。キミに言われたくないですって、お前オレの心を読むのはやめろ。
店から引っ張ってきた直後の顔など忘れたように、ゴールを狙う黄瀬の顔は生き生きしていてとても楽しそうだ。オレはどこか少し安心する。らしくないと言うほど同じ時間を共有したわけではない。ただ、弱った顔をする黄瀬を前にすると困るな、と思う。それは確かなことだった。どうしよっかな、誰に言うでもなく呟いて、黄瀬はシュートの体勢をとる。ひゅっと投げたボールは高く、ゴールをめざし、高く――いや待て高すぎないかそれ――ガッ。
「あ」
「ぶっは!! やったよこいつマジでやったばっかでー!!」
「青峰っちうるさいっスー! なんスか! なんなんスか!!」
「こんな狭いゲームセンターであんなループの高いシュート撃つばかがどこにいるんですかここですかここにいましたねさすが黄瀬くんですね」
「黒子っちもヒドイ!!」
頭がみっつ、オレも入れるとよっつ、真上の排気管にうまいこと挟まって止まったボールを見上げた。あーあ。心底ばかにした顔の青峰に頭をべしべし叩かれる黄瀬は涙目で、助けを求めて黒子に抱き着いたり隠れたりするもあまり意味をなしていない。ぎゃあぎゃあわめく分には周囲もうるさいのでまあ良いかと流せたが、そんなにぐるぐると回る黄瀬を見ているとチーズにでもなりそうで、ちょうど目の前に来たときに油断した後ろ頭をべしりと叩いた。うきゃん、犬みたいな鳴き声。
「何すんだよ火神!!」
「んなにぐるぐる回ってんな、危ねぇから」
「な、う、え、」
「あと、ひとまずボールの心配は後にしろ。時間終わっちまう」
「じかん?」
後ろ、と指で示してやる。あとじゅうびょう、狙ったかのように機械的な音声が流れて、うわっと跳ねた黄瀬が慌てて次のボールを拾う。青峰はまだ腹を抱えていた。どんだけ笑うんだお前。あと黒子お前もわざと影薄くしてんだろうけど笑って震えてるせいでよく見えてんぞ。
ボールを拾う、投げる、その動作はさっきとは全く違ったフォームだった。慣れた動作は変わることはないはずなのに、黄瀬はいくつものフォームでボールをひょいひょいとゴールにいれる。楽しそうにけらけらと笑う黄瀬と青峰を見ながら、隣の黒子の肩をつついた。二人にはバレないように。
「…なあ、アレってよ」
「火神くん」
「ん?」
「黄瀬くんは、絵が描けないんですよね」
「は」
「ずっと、ボクたちの真似ばかりして。もう、彼にだって、自分の絵が描けるはずなのに」
「は……」
真っ直ぐに二人を見る黒子の目は昏く歪んで、それでもどこかさびしげに揺れた。ボクは彼の絵が見たいんです。零したのは声だったが、零れたいと願っているのは涙なのかもしれない。そんなことを。
「ねぇ今の見たスか黒子っち!」
振り向いて子どものように笑う、黄瀬の描いた絵を、オレも見たい。それはまるで大きな星に引き寄せられる、引力のようだと思いながら。