茫然とする黄瀬を前にして、オレも何を言っていいのか分からなくて立ちすくんでいた。手を差し出すこともできない。扉の向こうからこの間よりも少し緩めの服を着た青峰が出てきて、それでなんとなくさっきまでの雰囲気が薄れる。行きましょう、黒子に言われるままに店を出た。

黄瀬はぼんやりとしたままで、隣を歩くオレのことなんか見えてないみたいだった。黒子と青峰はいつも通り手をつないで、でも今日はそれだけだ。気を遣ってる、んだろうか。オレにはやっぱりよく分からない。


「黒子、今日はどこ行くんだ」

「そうですね。……ご飯は行く予定ですけど、それ以外は特に」

「だよな」


いつも前のように決めていたというなら、今日だって同じように予定なんか有るわけない。だろうなと思ってもとりあえず聞いてみるのがオレの癖みたいなもの。オレの方を向いて話す黒子の向こう、青峰は真っ直ぐ前を向いている。黄瀬、オレ、黒子、青峰の並び。青峰の左手がぎゅっと握られて、どこか緊張している風なのがオレにも伝染してきそうだ。


「なら、オレが決めてもいいか」

「? はい。どこか行きたい場所でも有るんですか」

「ゲーセン行こうぜ。さっきあっちで見た」

「ゲームセンター?」

「バスケのゲームあんだろ、コインのやつ。アレ、やろうぜ」


な、と言いながら振り向いて、さりげなさを装って黄瀬の右手を取った。少しだけビクッとした黄瀬にオレの方こそ驚いて、でもなんとなく離せなくてそのままゆるくつないでみる。指先だけ引っかけあうようなつなぎ方。離されない手になぜだかほっとする。俯いて唇を噛んだ黄瀬の代わりに、黒子がそうしましょうかと微笑むみたいに頷いた。




ごちゃごちゃとした内装にがちゃがちゃとしたBGM、久しぶりに来たゲームセンターはいつも変わらずに迎え入れてくれるなと空いた右手で耳を覆ってみる。それでも叩きつけるような轟音は変わらない。横目で見た黒子もちょっとだけ困った風に笑っていた。青峰はどこか楽しげだ。


「ひっさびさに来たけど、やっぱすげぇな」

「そうですね、……高校のときぶりかもしれないです。こんな場所でしたね、確かに」

「なんだそりゃ。お前、オレたちと来てから一度も来てねぇの」

「まあ、はい、そうです。特に用事も有りませんでしたし」

「本屋と飯屋だけがデートじゃねぇぞ」

「火神くんには言われたくありません」


バスケだけがデートじゃないですよ、嘲笑うその顔はどこか懐かしかった。うん、高校の頃のオレたちってなんかこんな感じだったよな。あとで殴ろう。爽やかに心に誓ったところで、左手をくん、と引かれて振り向いた。黄瀬が明後日の方向を見ながらねぇ、と小さな声で言う。その顔はどこか、真新しいおもちゃをもらったガキみたいにきらきらと光って。


「ん。どうした」

「あれ、ねぇ、あっちの」

「どれだよ」

「あれ」


あれあれ、と繰り返す黄瀬に引っ張られるまま、UFOキャッチャーが並ぶごちゃごちゃとした通路に入り込む。手はもうさっきとは違ってぎゅっと握られていた。少しだけ嬉しい。その気持ちがなぜだか分からないまま、ひとつの人形の山の前に連れて来られて立ち止まった。その中にあったのは、カラフルに彩られた、小さなひよこのぬいぐるみだった。


「ひよこ」

「……ひよこだな」

「かわいいっス」

「そうだな」

「……火神、これ取って」

「……そう来ると思ったよオレも」


真剣すぎる瞳に負けて、ポケットにつっこんであった財布を出す。運よく小銭が結構あって、それをいくつかゲーム機に落とす。無機質な声がスタート!とかなんとか言ってるのを、黄瀬はやっぱりとても楽しそうに目で追っていた。今時ガラスに手ついてまでぬいぐるみを欲しがる男って、そうそういないんじゃねぇの。と思ってちょっと向こうを見たら、青峰も同じ体勢で何かのぬいぐるみを狙っていた。楽しそうな黒子。マイノリティはオレか。まあ、悪くない。


「何色が良いんだ」

「んと、水色。あと青いの」

「水色……っつうとこっちのかな」


落とし口に近くて一番上にある水色を狙って機械を動かす。何しろ月単位で触っていない機械だ、オレもあまり自信はなかった。それでも、オレが動かすアームを、ショッピングモールの飾りよりもきらきらした瞳が追っていると思うと、どことなく気合が入る。オレの表現が安っぽいのは、まあ仕方ない。

息をつめているかのごとく集中してアームを見ていた黄瀬は、水色のひよこが落とし口に入った瞬間、ぱあっと花が散るみたいにして笑った。オレは久しぶりの割にはうまくやれたななんて自画自賛していたところだったから、油断してた。かがんでひよこを拾おうと思ったその背に、同じくらいの体格の男の全体重が乗っかって、反射的にぐえって声が出る。水色のひよこが攫われていく。文句を言おうと起こした体に、思い切り抱き着かれて今度こそ声が出ない。


「火神すごいっス! 一発!」

「お、おう。良かったな」

「うん!!」


水色のひよこをほっぺにくっつけて黄瀬が幸せそうにふにゃりと笑う。今日初めて笑ったな、とオレは思う。うれしいありがと、視線が合ったままそう言われて、悪い気はしなかった。足取り軽く黒子のもとへ駆けていく背中。黒子に見て見てと自慢げにひよこを見せびらかして、青峰にもすげえなと言われて満足したのか、またこちらへ戻ってくる。


「オレ、UFOキャッチャーで欲しいぬいぐるみ取ってもらったの、これが初めてかもしんないっス」

「ふぅん。普段はどういうとこ行ってんだ」

「高級料亭か、高級フレンチか、高級イタリアンか、ラブホ」


余りにもさらっと言われて、一瞬反応が遅れた。その一瞬を黄瀬はすぐさま埋めて、ねえ火神、次は青いのとってよと軽やかに笑う。その目の奥がどこか傷ついているように見えて、でもそれは多分、錯覚だったのだと思う。思い込む。理由なんてない。ただ、出会ったばかりのオレに、こいつがそんなところまで、見せるようなやつではないと、オレは思っていたかったのかもしれない。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -