例えばそんな風に、お前をつなぎとめていられたら。


 しんと冷えた夜気を吸い込んで、真っ白に流れていく息を目で追った。静かな夜だ。毎日通り過ぎるだけだった少しだけ奥まった場所にある公園に、緑間と二人、ブランコに揺られていた。久しぶりに乗るブランコは冷たくきしんで、それでもちゃんと前へ後ろへとオレを運んでくれる。懐かしいな、と呟いてみた。漕ぐのは苦手なのだよ。ちょっとだけ苦みがにじんだ声だった。隣を見れば、手袋に包まった手(オレが無理矢理ぶっこんだ)でブランコの持ち手を握って動かない緑間の姿。盛大にふいた。そんなに睨むなよ、不可抗力だっつうの。


「ブランコ苦手って、そんなんいるんだな、今時」

「今時とはなんだ。そもそも幼い時分からあまり乗った記憶が無いのだよ」

「ブランコ乗んない? や、でも真ちゃんて部屋の中で遊ぶ方が多かったイメージだわ。ピアノとか」

「……そうだな」


 何かを思い出すようにぼんやりと遠くを見る。マフラーに埋もれた口元(オレがぐるぐる巻いた)はそれでもまだ寒そうに息をはいていた。手渡したおしるこはもう冷めてしまっているか、飲みきってしまったかのどちらかだろう。地面に置かれたまま、寒空の下で凍えている。

 高く晴れた一日だった。さすが晴れ男だなと笑った緑間はどこか楽しげで、それだけでオレも嬉しくなった。単純だと言うなら笑うといい。約束をしたわけでもないのに、部活の終わった帰り道、時間をつぶしながらここまで来た。丸一日をもらうより、その瞬間を一緒にいてもらうほうが贅沢な気がして。チャリアカーを転がし続けるオレの後ろで緑間は、安全運転なのだよ高尾、そう言いながら本のページをめくっていた。淡い緑色が風に揺れる。今こうして暗闇に沈む緑色も、青空の下で光るような緑色も、どちらもがオレにとっては特別だ。胸がぎゅっとなるくらい、特別だ。

 夜の空を見上げた。いくつも星が散らばって、東京の空も案外捨てたもんじゃないよなと思う。数日前に訪れたという流星群は、今はどこにいるのだろう。過ぎ去ってしまった星のかけらに思いを馳せる。占い信者と毎日一緒にいると、影響される思考もあるものだ。流れ星に願えばそれが叶うとは思わないけれど、人事を尽くした人間に天命を運ぶのは流れ星なのかな、くらいは思うこともある。流れないだろうか。溶けてしまえそうなくらい深い藍色に、そんなことを願う。こうして並んで、緑間とふたり、流れ星を見る。それはとてもロマンのある話なんじゃないか。

 今年の七夕の日、同じようにして、この公園に連れてこられたことがある。どこもかしこも笹の葉で揺れるそんな日の夜に、占い信者である相棒は、ラッキーアイテムだった小さな笹の置物にお手製の短冊をぶらさげて、「オマエの“今“をくれないか」と真剣な瞳でオレに言った。告白、だった。短冊にはパソコンで打ったかのようにきっちりとした文字で、『すきだ』とそれだけが書いてあった。

 先越されちゃったよなあと思い出してはにやけてしまう映像を思い描く。こんな恋心があるなんて知らなかった。若気の至りかもしれないし、違う想いかもしれないし、クラスメイトで、チームメイトで、相棒で、そんなやつに劣情を抱くことを、すんなりと認めてしまえるほど大人じゃなかった。ただの独占欲だったのかもしれない。緑間を他の誰にもやりたくないと思った、それがオレにとっての始まりだった。お前無しじゃ歩けない、そんなことをぼんやり考えた。馬鹿らしいと頭を振ることは簡単だったけど、この想いを否定して生きられるほど、オレは、大人じゃなかったんだ。

 緑間と二人で歩く間に、色んな話をした。くだらないバカ話から、授業中に面白かったこと、昨日の夜に何をしていたか、これからのバスケに必要なもの、お互いをどんな風に思っているかまで。毎日飽きもせず一緒にいた。振り返ってみればすごいなオレたち、と思えるくらい、平日も休日も一緒にいた。それから、こうして、今。幸せだ、胸がいっぱいで泣きそうな思いを、それ以外に表す術をオレはもたない。


「今日も冷えるなー」

「おしるこがすぐに冷えてしまう季節だな」

「お前の基準はおしるこか」

「すぐぬるくなってしまっていたおしるこが、冷たいままで飲める時期がくる。そうすると秋だ。そろそろかと思う時期であったかいおしるこに変えて、それがすぐに冷える時期になるともうすっかり冬だな」

「ためになります、緑間先生」

「この時期は室内でおこたに入っておしるこを飲むに限るのだよ」

「うわ真ちゃんがおこたって言った」


 何それカワイイ、からかうように言えば、案の定緑間は眉間にしわを寄せてオレを睨んできた。こんな男に何がカワイイだアホかとでも言いたげな瞳。ぴかぴかして宝石みたい。でもほんとに可愛いんだよなあ。そうやってオレのマフラーに文句も言わず鼻まで埋めて、この距離でも真っ赤になって照れるお前ってやつが。好きの代わりにかわいいとか言っちゃうオレのずるさを許せよな、緑間。

 オレに無いものをお前がくれた。お前に無いものを、オレがいくらでもあげる。二人ともにないものは、一緒に探していけたらいい。そんな風にして、お前と一緒に歩いていきたいんだ、オレは。

 公園の時計の針が、静かに零時ちょうどを告げた。電源を落としたままの携帯はうんともすんとも言わない。キィキィと鳴るブランコと、どこかで小さく奏でられる音楽と、オレの心臓の音が静かに重なる。ゆっくり立ち上がって、緑間の前に立った。たまには見下ろしてみたい。眼鏡ごしにオレを真っ直ぐ見上げてくる緑間の瞳。手を伸ばしたい衝動を抑えて、にこりと笑ってみた。真っ赤になった鼻がカワイイ。高尾。何度目かも分からない、お前がオレを呼ぶ声の色。


「誕生日――…おめでとう」


 白い息と一緒に、緑間がふっと笑った。かわいい。本当に、好きだ。この笑顔が。この声が。照れくさくてあまり言えないけど、本当に。嬉しくて泣きそうで、かろうじてうん、と頷いてみせた。


「オマエは、何が欲しい?」


 緑間もきっと思い出しているのだと思う。七夕の日。緑間の誕生日。オレの今を欲しいと言った緑間は、どこまでも未来を見据えて生きる人間だった。とことん今を楽しんで生きたいオレとは大違い。そんなオレだから、先のことなんか考えられなくて。だからこの恋も、多分、卒業と共にさよならをして、静かにしんでいくはずのものだったんだ。それをつなぎとめてくれたのは緑間で、今でもオレを好きだと言ってくれるのも緑間だ。だからオレももう少し、欲張りになってみたって良いよな。

 同じように白い息を長くはいて、ポケットに手を突っ込んだ。緑間の瞳は森に落ちた夜の帳のようだ。かつり、指先にあたったそれをぎゅっと握りこんで、ポケットから引っ張り出す。重なった視線をほどかないようにして確かめる。


「真ちゃん、オレ、真ちゃんが好きだ」

「……知っている」

「うん。だから、」


 緑間に見えるよう、しっかりと差し出して、開く。月明かりににじんで、溶けそうな。


「真ちゃんの未来を、オレにください」


 銀色の小さな鍵。別にどこの鍵でもない。強いて言うなら、使ってもいないオレの自室の引き出しの鍵だった。それ自体が意味を持つわけじゃない。お前と歩いていきたい。お前無しじゃ歩けない。だからずっと、オレの隣で笑っててほしい。そんな夢物語みたいな願いを、こうして形有るものでつなぎとめられるなら。

 緑間は持ち手からゆっくりと左手をほどいて、そっと鍵を取り上げた。じっと見つめて、瞬きをする。一度オレを見て、それから鍵をもう一度。どんな不安があっても、ねえ、オレとお前なら乗り越えられるよ。乗り越えていこう。だから、ねえ。



 くれてやるのだよ。鍵をぎゅっと握って、呆れたように緑間が笑う。どうしようもないくらい幸せで、緑間が好きで、好きで、オレにはもう、それだけで良かった。





手をなごう
(今日も、明日も、ずっとずっと。)



高尾さん誕生日おめでとう!




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