傍にいることだけじゃ足りないんだって、オレはきっと。


窓ガラスからひやりとした夜気が感じられるくらい寒い夜だった。ベッドからはがした毛布にくるまって机に向かう。とはいっても宿題を終えてしまったオレにはやることもなくて、ただ画面の向こうで楽しそうに絵文字を散らす彼女とのメールを見返していた。

彼女ちゃんはオレのことを和くん、と呼ぶ。かわいいな、と思う。素直に。でもなんとなく、ただそれだけだった。和くん好きだよ、と言ってくれる彼女に、うんありがとう、としか返せないオレを、彼女はどう思っているんだろう。そんなことを考える。メールは他愛もない会話ばかりで、女の子は長文メールが好きだなあとちょっとだけ疲れた息をはいた。特別に分けてあるフォルダの中身は、大体が十文字くらいの簡潔なメール。分かった、うるさい、仕方ないな、知っているのだよ。胸がぎゅっとなった。なんのために彼女の告白に頷いたのか、アイツは絶対知らないままだ。

いつも好きだと言うのはオレの方だった。会いたいと言うのも、一緒にいようと言うのも、いつもオレの方だった。緑間が断らないことが、きっと肯定の証なんだろうと思ってた。でもいつかの頃――それは、多分、オレの自分勝手な願望なんだと気付いた。だってそうだ。好きだと言うのと、嫌いじゃないと言うのは、明確に分ければ全然別物だから。オレは緑間が、ほんとに、好きだった。だから、オレのことは嫌いじゃないけど、好きかどうかは分からない、そんな緑間の傍にいるのが、少しだけ息苦しかった。それだけのことなんだ。

気持ちを押し付けるのは好きじゃなかった。嘘の気持ちで応えてもらっても苦しいだけだ。だから、距離をとろうと思った。そうしたらこの気持ちもきっと、もっと違うものに形を変えて、またお前の隣にいられると思ったんだ。相棒として、お前の影として、そんな風に。だからオレのことを好きだという女の子に、初めて頷いてみせた。別に、お前の隣はオレじゃなくたっていいんだ。オレの世界は広かったけど、緑間の世界みたいに深くなかった。だからオレはお前に固執したんだ。お前の考えてることが全部分かるだなんて強がってみせたって、所詮そんな能力オレにはないんだから。

彼女がくれた今日最後のおやすみなさいに、これが緑間だったらいいのにと思う自分がいた。緑間は、そんなこと一度も言ってくれたことがなかった。オレから何度かおやすみのメールを出したことはあったけれど、オレがわざと緑間が起きている時間帯を外して送っていたせいか、一度も同じ言葉が返ってきたことはなかった。緑間はメールが苦手だ。必要が無ければ返さない。メールで雑談をするようなタイプにも見えなかったから、オレはわざと学校にプリントを忘れたりして、緑間にメールをする口実を作っていた。我ながらみじめな恋愛模様。

彼女ができたせいで、緑間といる時間が削られているのがすごくいやだった。自分勝手だなんて分かってる、それでも緑間と離れて違う人間といるのがいやだった。少しわがままがすぎるほどの彼女が、どことなく緑間のようで微笑ましいと思うこともあった。彼女はかわいい、オレに尽くしてくれる、料理もうまい、それでも違うと思った。オレが好きなのはこの子じゃない。教室で本を読みながらパンをかじって、それで多分、時折、オレが帰ってこないだろうかとドアの方をうかがい見る。緑間が好きだ。それはもう、隠しようもない事実だった。

授業中にたまらなくなって、こっそり緑間からもらったメールを読み返すことがあった。一度だけ、本当に事故のように、緑間とキスをしたことがある。頭の中が沸騰して詳しいことは覚えていない。それでもオレは、あのくちびるに触れたのだ。ごめん、でも、オレ、真ちゃんのこと好きなんだ。苦しさから逃れようと思ったメールに、緑間は一言、知っているのだよ、と返事をくれた。それだけで良かった。そう、思い込もうとした。逃れられなかった苦しさを胸に抱えて、知っているのだよ、その文字に、緑間の本心を探した。見つかるはずのない、あいつの気持ちを。

考えて考えて、頭が痛くなるほど考えた。この頃、緑間とうまく話せている自信がない。彼女に呼ばれて教室を出るとき、緑間がオレの背中を追っているのを知っていた。それでも、ねえ、真ちゃん、オレは自信がないんだ。だってお前は何も言わないから。オレばっかりが求めてるんじゃないかって思って怖いんだ。真ちゃんが求めてるオレと、オレが求めてる緑間はきっと違う。それを突き付けられるのが怖いんだ。オレだってただの高校生なんだよ、緑間。言ってくれなきゃ分からない。お前はオレをどう思ってる。オレの恋に、お前は気づいてくれてるの。

机の上で携帯がメールの着信を告げた。ひとつだけ設定した着信メロディ。そっとメールを開けた。暗い部屋にともる、ちいさなしろ。


『あいたい』


息がつまった。オレがいつも、あいつに送ってたみたいな文面、時間、タイミング。椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がって、目の前のカーテンを開ける。見慣れた淡いみどりいろ。しんちゃん。声にならない名前が零れ落ちる。ぼろぼろと涙があふれて流れて、震える手で窓を開けた。しんちゃん。あいつも、多分、泣いていた。ぼやける視界の中で、やっぱりすきだと思う。どうしたの。寒いよ。かぜひくよ、しんちゃん。


「――…たかお」

「しん――…ちゃん、」

「オマエが、」


すきだ。踵を返して駆け出して、靴をはくのももどかしくなって靴下のままとびだした。目の前の体を思い切り抱きしめる。真ちゃんもやっぱり泣いていた。いつからいたの。こんなに冷えて。どうして来たの。どうして。ねえ。


「すきだ、真ちゃんが、すき」


絶対、もう、傍にいるから。離さないから。







We can still make it.
(行き着いたのは、お前の隣。)





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