黄瀬は眠るとき、いつもオレの頭を抱えるようにして眠る。



しんと静寂がおりたリビングで、脱いだ上着をばさりとソファに放った。しわになってしまうだろうがどうでもいい。一日の終わりをいつ跨いだのかも覚えていない、連れまわされた居酒屋やバーはおそらく片手の指の数はこえていた。得意先であるにも関わらず、新人に近い自分が行かされた意味がようやく分かった。自分が酒に強い体であったことを両親に感謝するしかない。

「黄瀬は、……寝てるか」

同居している男の気配を探ったが、家の中からはなんの音も聞こえてこない。この時間に起きている方が不思議だ。眠れているなら良かったと息をつく。毎日起きる時間も寝る時間も仕事中心の黄瀬は、不眠に陥ることがよくあった。忙しい身で有りながら、可能な限り律儀に家に帰ってくる黄瀬に、無理しなくてもいいからその分寝ろと言ったことがある。黄瀬は拗ねて怒ったように、だってここがオレんちじゃないんスかとオレを睨んだ。確かにな、頷くしかない。黄瀬にとって、この家がそんなに居心地のいい場所だなんて思ったこともなかった。

ネクタイをほどきながら寝室に向かう。連続ドラマの撮影を終えたばかりで、最近はバラエティ番組で毎日のように黄瀬の顔を見る。出過ぎると逆に嫌われちゃったりすんのになあ、思い出す顔はいつも不貞腐れたような表情をしているのに、テレビの中の黄瀬は楽しそうに、少し疲れ気味に笑う。オレの知らない世界。

大きめに作ったベッドの右端で、黄瀬はオレの枕を抱えて眠っていた。丸まり方が中途半端。斜めにかかった毛布が寒そうで、クローゼットから羽毛布団を引っ張り出して乗せてみた。何もついてないピアスホールに、キスを落とす。

「…、…かがみ…?」
「ん。ただいま、黄瀬」
「おかえり…今かえってきたの」
「そうだな。飲み会長引いちまって。お前撮影は?」
「今日は生だったからじゅうじくらいまでで…寝たのは日付変わるちょっと前くらい」
「飯食ったか」
「昨日の残ってたのたべた…」

そっか、起こしてしまった詫び代わりに頭を撫でる。んーだかむーだか唸ってて丸きり猫。と思ってたらガッと腕を掴まれて、思い切り引き寄せられてベッドに沈んだ。頭から。いてぇ。

「いきなりなにすんだテメェ!」
「うわーさけくさいタバコくさい汗くさいの三重苦っスね、最悪」
「だったら離せっつの。臭いうつんぞ」
「んー……」

ぎゅう、と抱え込まれる。黄瀬の癖。中腰で不安定な体勢のまま待つことしばし、んーと呟いた黄瀬は、今度はオレの体を突き飛ばすようにして思い切り遠ざけた。その顔は当然のことながら、なんつーか、まあ、良いもんではない。

「くっさい。無理。さっさと風呂入って着替えてきて」
「……自分でやっといてそれはねーだろ……」
「あとその服、オレのと一緒にしないでね。つかクリーニング出せよもう」

最悪な気分、顔にありありと書いて布団にもぐりこむ。どこの女王様だよ、思いながらもはいはいと返事をしておく。無駄に長い脚が出てきてげしっと蹴られたが、乱闘する気分でも無かったのでスルーした。一発手刀をいれるくらいはしたが。

ネクタイを適当にひっかけて風呂に向かう。黄瀬がまた寝てしまう前に出てこないと起きた後が面倒くさい。腹いっぱいだし後は胃薬でも飲んでおくかとリビングへのドアに手をかけたら、後ろから小さくかがみ、と呼ぶ声がした。バスケをやめて少し華奢になった腕が、届かない距離を埋めようと伸ばされる。かがみ。同じようにして手を伸ばして、その手に触れた。

「どうした」
「…ん。なんでもない」
「すぐ戻るから。眠いなら寝てればいいし」
「おきてる」
「そ。分かった」

引っ張った手をどうすんのかと思ってたら、いきなり口にいれてあぐあぐ噛みだした。何してんだこの猫。指先を舐めたりする色っぽいそれじゃなくて、普通に横噛みだ。加えてかなり痛い。お前まで酔ってんのかと言いたいレベル。

「黄瀬、コラ」
「んんー」
「りょーおーた」
「何スか。早く行ってこいよ」
「だったら離せって」
「えー。じゃあ右手だけ置いてって」
「無茶言うな」
「たーいーがぁー」
「がぉー。襲うぞマジで」
「ぶっは!」

ウケる、寝起きの癖に腹立つくらいよく笑う。風呂行ってくるから、軽く頭をたたいて言えば、今度は素直にうんと頷いて手を離した。べたべたじゃねぇかこれどうすんだ。どうもしねぇけど。黄瀬はまだ楽しそうだ。

離れる直前、黄瀬が甘えるようにして鼻を鳴らした。ん、だかうん、だかの真ん中くらいの声。「やっぱ、アンタの匂いが一番よく眠れるっスわ」だから早く戻ってきて。そんな甘え文句、お前どっから仕入れてきたんだ、ほんと。



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