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※軽い高モブ表現注意





傍にいることが、大切なのだと思っていた。


言葉で気持ちを表すことが苦手だった。そもそも他人を肯定的に見ることをあまりしてこなかったし、同様に周囲に認められる人間もそう多くはなかった。両親から「人を貶すような物言いは控えなさい」と言われて育ち、なら伝えることなどしなければいい、そんなことを思いながら。語彙は少ない方ではなかった。勉強をしていれば必然と色々な言葉が蓄積される、人間が持ちうる最上の情報伝達手段。そんなものは幻だったのだと、オレが知ったのはつい昨日のことだった。


「真ちゃん、オレ、彼女できたみたい」


へら、と照れくさそうに笑う、あいつの顔が忘れられなかった。オレが思う中でたったひとつだけ有り得ない事象だと思っていた、それは呆気なく現実として訪れた。オレは驚いていた、のだと思う。驚きのあまり、どんな顔をしていたのかなど思い出したくもないしそもそも覚えてもいない。

高尾はいつも、オレにたくさんのことを与えてくれていた。素直になれないオレの傍らで、楽しそうに笑い、話し、多くの時間を共有してきた。真ちゃん好きだよ、何度も言われたその音が、今になって胸を抉る。会いたい、と言われたこともあった。何度も。その度に会ったり会わなかったり、どちらにしろ高尾の意思でしかなかった。オレが会いたいと思うときに、高尾が会いたいと思ってくれているかどうか分からなかった。だから高尾からの連絡を待った。無ければそれでいいと思った。そう、思い込んでいた。

広い世界を持つやつだと、知っていた。知っていたのに、オレはどこかで油断していたのだ。傲慢だったのかもしれない。高尾はきっと、オレだけを追ってくるものなのだと、半ば確信のように思っていた。そんなはずなかったのに。高尾はどんな思いでオレの傍にいたのだろう。今はもう、聞けるはずもない問いばかりが頭の中を巡っていく。あの時好きだと言ったその声は、言葉は、オマエの笑顔は、オレに何を伝えようとしていたのだろうか。

真夜中の自室で、広げたままの教科書を眺めながら、高尾に会いたい、と思った。それでも、そんなことはもう言えない。一昨日までは言わない、だったのに、今日からはもう言えない、なのだ。失ってから気づくとはよく言ったものだ。昨日のことが無くたって、オレは何も言えなかったに違いないのに。言葉を惜しんだ罰とでもいうのだろうか。

時折、高尾から、真ちゃんは、と聞かれることがあった。真ちゃん好きだよ。真ちゃんは? そんな風にオレの顔をのぞきこんだ高尾は、どんな顔をしていただろう。オレがこの狭い世界で、見落とすものは余りに多かった。嫌いではないのだよ、とその度に答えてきた。それで伝わると思っていた。高尾はオレのことをなんでも知っている風に話すから(そしてそれがあながち間違いではないものだから、余計に)、それでいいのだと信じきっていた。言葉を必要としないのだと思っていた。自惚れだったのだ、たったそれだけのことだった。


「わりぃ真ちゃん、今日彼女ちゃんが一緒に昼飯食いたいって」

「構わないのだよ。行ってやれ」

「ごめんなほんと…いっつも一緒に食ってたのに。結構ワガママな子かもなー」


いつかの昼休み、そう言いながらもどこか愛おしそうな目でメールを読んでいる高尾が、オレにはどこかモノクロの世界のように見えた。始まりが有れば終わりが有る。そんな当たり前のことは知っていた。ならこれは、どんな関係の終わりだというのだろう。常にオレの傍らにあった高尾和成という存在は、いつしか少しずつ薄れていくようになった。部活になれば前と変わらず傍にいる、そのことすら違和感を覚えるようになる。授業中、机の中でこっそりとメールを打つその画面を、オマエはどんな目で見ているのだろう。

高尾はいつも、会いに来ちゃった、とメールをしてきた。そうしてオレがカーテンを開けると、決まって嬉しそうな高尾の笑顔がオレを見上げていた。仕方がないな。そんな風にして、オレは本心すら誤魔化すように、あいつが言うからと言い訳して、そんな風に。あいつから離れたのは、きっとオレが先だった。

少し肌寒い夜。真ちゃん今日も寒いね、そういってオレの手を取った、いつかの日が懐かしかった。ベンチに座って爪の手入れをするオレを、高尾はふざけ半分で抱きしめてきたこともあった。背の低い高尾の腕のなかは、案外とあたたかくて、好きだった。それを伝えたことはなかったけれど。

目を閉じる。事実を否定したかったのか、ぬるま湯につかっていたかったのか、経験のない自分にはもう分からなかった。唇を噛んでこらえても、あふれてくる想いは止めようもない。ずっと傍にいると思っていた。そんなものだと思っていたのだ。ずっと一緒にいようぜと笑う、オマエはあのとき、どんな気持ちだった。一度だけ触れたその熱に、すがるような思いでいるオレをオマエは笑うだろうか。



抱きしめてほしいと思った。今すぐ、あの夕暮れのような瞳で、オレに好きだといってほしかった。どうしてだなんて目をそらして、この手から零れ落ちていくのをただ眺めていた自分が憎らしいほどに。




The time is gone.
(ああ、これは、紛れもなく恋だったのだ。)



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