火神が案外甘やかされることに弱いと、気づいたのはそう昔のことじゃなかった。

出かけたときに荷物を持ってもらう、いつもならオレだって男なんだから何気遣ってんスかなんて抵抗してみせるところを、ありがと火神っち、と素直になってみるだけで火神は嬉しそうに破顔する。お返しに持っていた飴を、両手が塞がっている火神の口に放り込んでやったりすると、火神はなんていうか、子どもみたいな顔で笑う。餌付けというよりなんだろう、息子を褒める母親の気分。

部屋にふたりでいるとき、いつもはオレがべたべたと寄っていく距離を、時折火神から埋めてくるときがある。ご飯を食べて皿をシンクに入れて、普段なら皿を洗ってから戻ってくるはずの火神が、そのままぺたぺたとオレの座っているソファまで寄ってくる。広い火神の家で、わざわざ隣にぽすんと座る。何かを言うわけじゃなくて、テレビを見ているオレに邪魔にならないように体重をかけないように、寄り添うだけで満足そうに。そんなときに、オレが寄りかかるんじゃなくて、火神の頭をひっぱってオレにもたれさせてみたりする。頭を撫でてみたりする。なんだよ黄瀬、苦しいって。そう呟くように言う火神の声が完全に照れくさいのを誤魔化していて、オレはそれがとても楽しかったり、する。

他にも、いつもは眠くなったらすぐに切ってしまう電話をもう少し声が聞きたいと正直に言ってみたり、大きな大会の前に少しだけ会えないかと我儘を言ってみたり。そういうことが全部火神を甘やかすことだと気付いてから、オレの要求はどんどんエスカレートしているように見えるだろうな、と思った。火神は我儘を全然言わない。どちらかと言えばオレの方がああだこうだ言うタイプだから、譲っているのかもしれない。でもオレは気づいてしまったのだ。火神は言わないだけで、けっこう、人恋しいタイプだということ。火神の部屋は大きくて、静かで、しんとして、ひとりでいるにはすごくさむい。泊まるつもりのオレがうとうとしている間に火神が買い物に行ったとき、目が覚めたオレには怖くなるくらいの静寂だったことを思い出す。あの部屋でずっと暮らしてきた火神は、声とか温もりとかに飢えていた。だからオレは、オレの我儘だと言いはって火神を甘やかすのがとても好きだ。

目の前でもぐもぐとチーズバーガーを頬張るでっかいリスを見ながら、そんなことを考える。この時間が割と幸せなような気がして、オレは頬が緩むのを押さえるのでいっぱいいっぱい。今日も、誠凛の体育館が点検とかで週末は自主練だと言う火神に、ならオレ泊まりに行っちゃおうかな、と半ば無理矢理にとりつけたお泊りだった。でもオレは知っている。火神はいつも、週末になるとオレからの連絡を待っている。オレが泊まりに行きたいと言うと、そうか、なら来いよ、と迷うことなく答える。それがやっぱり、なんか、かわいいな、と思う。なんだこの気持ち。


「火神っち」

「ん?」

「それおいしい?」

「ん」


ほっぺを真ん丸にして頷く火神。やっぱりリスみたい。良かったねと言うよりも雄弁に笑ってやれば、オレの笑顔がうつったみたいに火神も笑う。ご飯を食べてるときのオレを見ているのが好きだと言われたことがあるけど、オレも火神がご飯を食べてるのを見るのが好きだ。

オレも火神を見習ってチーズバーガーに齧りつく。好物だというそれはなかなか久しぶりの味がして、その不健康そうな塩辛さが癖になる。普段はほとんどレタスみたいなバーガーしか食べないオレでも、たまにはこんなことをしてみたくなるのだ。好きな人と一緒に食べるご飯は美味しい。それが手作りでも、相手の好物でも、いつだって。


「お前はよかったのか。飯、マジバで」

「うん? うん、たまにはいいじゃん。二人でマジバ」

「家で食うならオレが作ったのに」

「良いんスよ。ラクしたかったし、気分だったの」

「……ほーか」


最後はチーズバーガーを頬張りながら。アンタほんとに小動物だな。バスケやってるときは虎みたいなのに。それが面白くて、噴き出すのを誤魔化すためにポテトをつまんでもしゃもしゃ食べる。火神にご飯を作ってもらうのは好きだけど、そうすると帰ってきてすぐは火神がゆっくり出来ない。オレは料理するのが苦手だから手伝えなくて、キッチン越しに見ているだけなのも案外さみしかったりする。キッチン側から見てもそう。だから時々、こうやってマジバやピザを買って帰って来て、ふたりして何にもしないでご飯を食べる。ご飯を作ってもらってもこうしていても、どちらにせよ火神が嬉しそうならオレはそれでいい。火神がいつもオレに言うのと同じだ。


「……まあ、お前が良いならそれで良いや」

「そうそう。アンタは大人しくチーズバーガー食ってれば良いの」


共有してるケチャップの箱にポテトをつけて、そのまま火神の目の前に出してみる。チーズバーガーを飲み込んで、素直にあーと口を開ける。こいつ、マジで、鳥か。リスだったり虎だったり鳥のヒナだったりと忙しい火神に餌付けする、オレはそれを恥ずかしい以外に表現する術を知らない。こいつばかなんじゃないの。オレもだけど。分かってるけど。


「あ、黄瀬。口元」

「なん、スか」

「ケチャップついてる」


ポテトでしょっぱくなった唇を舐めるのにちょっとどきっとして、アンタ一体なんなんだと悪態をついた瞬間のことで、腰を浮かせた火神の顔を見る余裕もなかった。は、え、と呟いて顔を上げる、オレの口の少し左上をべろっと舐めていく感触がした。は、え、ちょ。


「〜〜〜〜!!!!」

「なんか甘ぇかも。面白い味する」

「アンタ、まじで、ばか!!!」

「お前はかわいーよな」


そのまま口同士がちゅっとくっついて、ああ触ってこないのは両手がチーズバーガーで塞がってるのと油っぽくなっちゃってるからかと逃避する時間も与えてくれない。ざらっと塩がとける味がした。無遠慮に侵入してきた舌もやっぱりケチャップの味がして、色気はないわムードもないわで脳内はパニック状態。ついでに甘い味なんかしねーよばかと悪態をもうひとつ、オレの唇を舐めた火神がまたよいしょとオッサンくさく向かい側に戻る。口元を押さえるオレに満足げな顔。腹立たしい。


「めしちゅう! デリカシーなし!!」

「悪かった。なんかうまそうに見えて」

「何が!!」

「そりゃ、お前が」


味見したくなる顔してる、ふにゃけた笑みで口元を拭って、半分ヒスみたいなオレに悪びれもなく言い放つ。その目がいつも甘えてくるときのようなまるくて甘い色をしていて、それだけで絆されるオレもどうかと思った。こういうスキンシップが好きなやつ。オレからしてもこいつからさせても嬉しそうで、でもアンタばっかり嬉しいわけじゃないってのになんなのそのばかみたいな顔。


「あとでちゃんと食わせろよ」

「……食い終わるまでごちそーさまは言えないんスよ」

「上等」


全部食ったって足りねえよ、そんなことを言うときばっかり虎みたいな瞳になって、その赤色がとても好きだ。オレも大概甘やかされてる。マジバのしょっぱい夕飯を食べながら、チョコレートまみれでぐずぐずになりそうな夜を過ごす。握りしめたチーズバーガーの包み紙の中にオレの羞恥心を握りこんで、死んじまいそう、と呟いた。







メロウ メロウ
(このままあまく溺れたい)


@さんへ!

TITLE:息もできない

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