こいつに海に行きたいとねだられるのは、今日でもう何度目になるだろう。

バイト先の先輩からもらい受けたバイクに跨って、薄ぼんやりと染まっていくハイウェイを走っていた。左側のサイドカーに乗る黄瀬は何が楽しいのか、乗る前からずっとほんのりとした笑みを浮かべている。ヘルメットの中でなびく金色が柔らかい。触りてえな、と思った。その思いのままにハンドルをしぼって速度をあげる。

途中のサービスエリアで一度休憩をとって、土産屋を見るのが好きだという黄瀬に付き合って表でコーラをあおった。黄瀬は以前から、買うわけでもない土産を物色して、あれこれ考えるのが好きだった。誰に何を買うでもない。時折思い出したように黒子に土産を買って、これ渡しておいてとオレに差し出したことは何度かあった。それももう、しばらく見ていない。手ぶらで出てきた黄瀬を見て、思う。


「お待たせ、火神っち」

「ん。もういいのか」

「うん。なんか、そんなに良いのなかった。見たことあるやつばっか」

「遠出したわけでもねぇし、そんなもんだろ」


乗れよ。軽めにメットを投げたら、黄瀬は素直にうん、と頷いて笑った。




海についたころには、朝焼けがちょうどいい具合に広がっていた。潮の匂いが風にのって届く。今多分、こいつとオレは同じ匂いがするだろうな。ただそれだけを思って、砂浜を駆け出して行きそうな首根っこをつかまえる。ついでに引き寄せて鼻をひっかけてみた。風と、それから甘い匂い。まだ潮が乗るには早すぎる。


「何スかぁ。オレもういきたい」

「……おう」

「あ、その顔。今えろいこと考えた」

「うっせーよ」

「アンタって結構顔に出るよね、」


手を放したら、そのままてけてけと数歩離れた。それから振り向いて、かわいくないことを言う。こいつの好きな海の色。空の色。夜の色。けらけらと笑う。ともすれば溶けてしまいそうな色をまとって、黄瀬の左耳で赤色が揺れる。それでどうにか留飲を下げた。口では敵わないし、後が面倒だ。

指先だけで行けよと促せば、黄瀬は待ってましたと言わんばかりに駆け出して行った。天気は色鮮やかな晴天。いつも傘を持たずに訪れるオレたちを、海は抗いもせずに受け入れてくれた。見る間に白んでいく空が広い。この時間の海もまだ白んでいた。カモメがくーくーと鳴いている。


「黄瀬」

「んー? なに、火神っち」

「海入んなら、裾はまくっとけ」

「はぁい」


砂浜で足を取られてはしゃいでいた黄瀬が、靴をそこに投げ捨ててまた駆けていく。元気だな、朝っぱらから。膝上までたくしあげたズボンの裾が文句ありげにしわを寄せている。足首の少し上まで海につかって、黄瀬はぼんやりと朝焼けを見ていた。

晴れている砂浜に座り込むのは好きだった。黄瀬が投げ出していった鞄やら靴やらを適当に集めて、その横に腰をおろす。黄瀬は両手をさげたまま、まだぼんやりとしていた。こういうとき、こいつが何を考えているのかはオレには全く理解できない。いつもはどうかと問われれば、まあオレもこいつも別個の個体なのでという他ない。何よりも、黄瀬の後ろ姿はきれいだと思う。いつ見ても噛みつきてえ首してんなと、そんなことを。

すっかり朝陽がのぼりきった頃、黄瀬はばしゃばしゃと波を揺らしてオレの隣まで戻ってきた。すとんと座る。足元は海水と砂でぐちゃぐちゃだった。持て余したようにざくざくと砂を掘るものだから、バスケプレイヤーにしては白かったそれも濡れた砂できたなくなっていく。キレイだ美形だと騒がれる黄瀬の、その足先だけでも汚れていくのは結構爽快だった。


「もうかなりつめたかったっス」

「満足したか」

「んー。ん、わりと」

「何よりだな」


がしがしと頭をなでる。そんなに優しくしているつもりもなかったが、うん、と頷いて甘えたように目を細める黄瀬がかわいかった。いつまで経っても猫みたいなやつ。


「海好きだなー」

「ん」

「海みたいに、火神とも溶け合えればいいのにね」


砂でざらざらの手がオレの手を握る。こすった鼻にも薄青の上着にも、気づけばどこもかしこも砂だらけな黄瀬。潮風に染められたオレ。

海に来るたびに思う、こいつとずっと一緒にいられたらと、そんなことを。




彼方にれる
(この手が届く、その距離で)




菜乃さんへ!



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