「じゃ、ちょっと休憩入れようか」

監督のその言葉で、カメラ用の顔をしていた俳優たちがそれぞれ素に戻ってはーいと散らばっていった。昼過ぎに終わった前半の撮影は予想よりもずっとスムーズに進んでいる。後半は夕日待ちだから、この休憩は少し長くなりそうだ。マネージャーが用意しておいてくれた椅子に腰かけて、ふう、と息をついた。

「黄瀬くんお疲れー」
「お疲れさまっスー。思ったより早く終わったっスね」
「そうだねー。助かったわ、走るシーンばっかりやり直すからもうへとへとで」
「しかも階段スもんねー。後半前に足ぱんぱんになっちゃいますって」

オレの役の相方をしている先輩俳優さんが隣に座る。モデルから俳優にシフトチェンジしたオレを何かと気にかけてくれて、ようやく初めて一緒に仕事ができるようになった人だ。映画界ではかなり評価されてる人。演技をするようになって、最初に憧れたのはこの人だった。オレも結構惚れっぽい。

「最近調子良いじゃない」
「そ、そっスか?」
「うん。演じ分けも上手になってきたし。何より、黄瀬くんは機嫌が良いときと悪いときがとてもよく分かる」
「うげ」
「そこがカワイイとこでもあるんだけどね」

あはは、一部ではすでに大御所と呼ばれるような人に笑われて、くすぐったいような今すぐにでも埋まりたいような気持ちになる。アイツもよくそう言うなとふと思って、そういえばもう10年近い付き合いになるのだとついでのように思い出す。もうすぐ、人生の半分を一緒にいる計算になる。時の流れはまさに光陰だった。

オレを褒めるのがうまいこの先輩は、昔懐いていたオレを叱るのがうまい先輩に少し似ていた。褒めるだけじゃなく、けれど突き放すわけでもなく。叱るばかりに見えてオレを振り返ってくれるのを忘れない先輩を重ねて、オレはこの人の前ではとても懐かしい気持ちになった。その頃からずっとオレを甘やかすのがうまいやつだけは、変わらずオレの日常に在る。

やだやだ、と何かにつけて思い出す思考をふるふると振った。精神衛生上よくない。先輩は笑みの余韻を残したまま、小さなワンセグテレビを取り出してぷちりと付けた。オレにも見えるようにか傾いたそれを遠慮なく覗き込む。自分がよく入っている四角い箱の中、偶然か必然か、それよりも小さな箱の中で走り回るユニフォームがいた。あの占い好きの友人はそれも運命だというのだろうか。

「ああ、もうそんな季節か」
「……すっかり忘れてた、スね。今撮ってんのも季節外れだし」
「そうだね。……懐かしいかい」
「や、……そ、スね」

同じ日の丸を掲げてコートの中を行ったり来たりする色鮮やかなユニフォーム。そのどれもが見慣れた色をしていた。社会人バスケもやりがいがあると、いつも楽しそうに語ってくれる赤色。ちゃんと試合を見たのは久しぶりな気がした。懐かしい。聞かれてみれば、確かにそうだった。でも今のオレには、つながるバスケがある。箱に触れて、指先だけで追ってみる。跳躍し、叩き込むようなダンクを何度も。

「相変わらず、無茶苦茶するっスね」
「火神と青峰がいるとやっぱり違うな。とても日本代表には見えない」
「図体もデカいっスもんねえ」
「派手なバスケの方が良いと思うよ。私はね。観客を楽しませるパフォーマンスが大切なのは私たちも同じようなものだ」

素敵だね。オレを褒めるときと同じ柔らかさで笑う。箱の中で試合を終えた火神は今季リーグで得点王になったらしく、特設された舞台でインタビューに応じていた。火神がプロになって何度も見た光景。日本語よりも英語の方がうまく応対すると笑い話になっていたあいつは、今でも英語の方が得意だという。火神のつたない日本語が好きだ。それだけは、オレの方が優位にたてる。そんな気がして。

『得点王、おめでとうございます!』
『あー、ども。…じゃなくて、ありがとう、ございます』
『火神選手は今回、ライバルとしても名高い青峰選手と共に日本代表に選ばれましたね。どんなお気持ちですか?』
『青峰はー、そうすね、まあ長いことライバルでやってきたんで。同じチームっていうとちょっとやりづらいっつーか』
『チームワークとしてはどうですか?』
『あいつとの間でボールつなぐっていうのはそんなにないです。中継役がうまいこと分散させてくれるんで』
『なるほど。今回得点王に輝いたポイントなどはありますか?』
『ポイント……リーグの相手がそう長身でもなかったんで。ジャンプに頼るのは大事なときだけって決めてやってました』

カメラから視線をそらしながらたどたどしく答える。何、こいつ、しばらく見ない間になんかめちゃくちゃかわいくなってる。いい加減2メートルに届くかっていうデカ男相手に思うようなことではないと知っていながらも、照れくさそうにマイクに声を零す火神を見ながら、伝染した照れを隠すように口元に手をあてた。女子アナさん、もっとやってやってください。

青峰っちとの話が変わってチームメイトの話になって、予選全体の話が終わると女子アナさんは最後にはりきってこういった。「予選リーグ突破、誰に一番伝えたいですか?」なぜどきっとしたのかは分からなかった。一瞬息をのんだオレを先輩が不思議そうにちらっと見やる。目が離せなかった。いつもとは違う意味で。普段だってこんなの見ないくせに、なんで今に限ってこんなこと。

『えーっと……あー、その、多分見てないと思うんで言うんですけど』

女子アナさんだかその向こうだかをキョドりながら見ていた火神は、それだけ言うとぴっとカメラの方を向いて、ちょっとだけ真面目な顔をした。それから、


『週末、会いに行くから。たまには素直に祝えよ』


オレを甘やかすときの声、顔、――…オレに触れる前みたいな嬉しそうな。


きゅう、と変な音がした。オレのどっかから。先輩は気づいているのかいないのか、くすくすと楽しそうに笑っている。っていうのを伝えたいですね誰ってそりゃまあ秘密ですけど、こんなときばかり誤魔化すのがうまくなっているアイツがにくらしかった。ダウン中の青峰っちが通りかかって指差して笑ってる、その頭に思いっきりボールをぶつけてやりたかった。何よりもこのばかがみに、しこたま。それこそ昏倒するくらい。地上波で何流してんすかばかなんすか知ってたけど!

「素敵な人だね、彼」
「……そうなんすよ」

付き合い始めたころからずっと、それこそガキっぽいと嘲笑してたあのころから。オレの中でひかってやまないあかいいろ。

一瞬一瞬を切りとる仕事のオレが、あんなありふれた日常の笑顔に射ち落される。そんな運命、予想してなかった。映してみなくたって分かる、同じ色になったオレの顔。ばかじゃねーのほんとにばかじゃねーの、胸がいっぱいで息が苦しい。これからまだ撮影あるってのに。

女子アナさんのありがとうございました、の声といっしょに中継が終了した。スポーツニュースで何度も流されるだろう今の映像。先輩はどこか楽しそうに、ゆっくりとワンセグの電源を落とした。何も言わずにいてくれるのがありがたくもいたたまれなかった。センパイに会いたいなあ、と思う。何回かシバいてくれたら。それでも。



火神が好きだ。頭を抱えて、どうしようもねえな、と思った。




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