ああ崩れていく、と思った。


ぱり、と噛んだポテトチップスはしょっぱくて少しほの甘い。新しく発売したそれを買ったのはつい昨日のことで、抱えた袋の中にはそんなきらびやかなパッケージのお菓子が山と入っている。その中からあいいろのまいう棒を一本取り出して、体育館の床に立ててみた。指を離す。ぱたん、倒れたまいう棒は無言のまま横たわった。

「むーらさきばらっち! 何してんスか?」
「まいう棒立ててんの」
「な、なかなか斬新な発想っスね…!」

てんてん、転がってきたボールを拾いざまに黄瀬ちんがオレのまいう棒を見て笑う。ひょいっと取り上げたまいう棒は、黄瀬ちんの手にかかってもやはりぱたんと倒れてしまった。あは、やっぱ難しいっスね。そう言ってまたコートに駆けていく。ちゃいろい靴ひも。もう一度立てて、ぱたり。ぱたり。

「紫原くん。君は参加しないんですか?」
「うん。だってめんどくさい」
「そうですか…」

ごかいくらいぱたりとやったところで、目の前にふっと影が出来た。特に見上げることはしない。伸ばしたオレの手を制して小さな手がまいう棒を拾う、立てる。あかいラインのリストバンドが見える。ぱたり。残念です。どちらに対して言ったかも分からない言葉を残して、黒ちんの影はいなくなった。

コートでは、ボールを持った部員たちが右へ左へと駆けていた。そんなに頑張ったって、大きな試合に出られるのはオレたちだけなのに。ぽつり思う。オレたちは練習試合にはフルメンバーでは出ない。それも当然だ、オレたちが完敗させ続けていても練習になんかなりはしないから。オレたちももうじき三年になる。監督たちは後輩育てに躍起になってる。オレたちが抜けた途端にアレは花火みたいだったと言われることを恐れてる。コートをぼんやりと眺めた。オレの目には、色鮮やかな彼らしかうつらない。

「紫原」
「んー。なに」
「そこにずっと座っていると体が冷える。見ているならベンチに座れ」

オレがさっき放り投げたジャージの上着を放って、みどちんは呆れたようにため息をつく。いつものことなのになあ、思いながらオレは上着だけもらってまたまいう棒を取り上げた。ぱたり。視界の端にあったきれいな左手は、何かを考えるように握られて、開かれて、それから、そのままだった。お菓子は余り食べすぎるんじゃないのだよ。毎日飽きずに繰り返される言葉に、今日はうん、と頷いた。首にかけたタオルのだいだいがどこかまぶしかった。ぱたり。

スタメンと一軍のメインメニューが終わって、二軍がぱらぱらと入ってくる。ぱたり。三軍以下は別の体育館で練習。入ってきた二軍も、一軍と二軍を行ったり来たりしてるようなやつらばかり。一軍側と何組かに分かれて、手際よくミニゲームが始まった。ぱたり。どいつもこいつもきれいじゃないし強くもないし上手くもない。どんなに頑張ってもオレらとは天地。そんな感じ。袋からはみ出ていた棒状になったチョコをぱきりとかじる。

「紫原ぁ、お前サボってんじゃねーよ」
「もう飽きたし」
「飽きた飽きねぇでバスケしてんなバーカ」

ずかずかと寄ってきた峰ちんはオレのまいう棒を奪い取って、そのままがっつんと床に叩き落とした。あ。あーあー。ほら見ろ、と笑顔の峰ちんの目の前で、まいう棒がゆっくり倒れ伏す。まあ、そんなもんだよな。快活に笑って、というより一人で爆笑している。何がおかしいんだ、っていうかオレのまいう棒どうしてくれるんだし。さつきぃ、言いながら峰ちんの足が遠ざかる。オレのまいう棒……かわいそうなそいつは案の定半分くらい粉々になっている。馬鹿力。あーあ。

「敦」

今開けると粉がばらばらになってみどちんに怒られるなあと考えていたら、しんと降り積もる雪みたいな声がした。顔をあげる。変わることのない笑みがオレにも平等に向けられる。いつもは肩にかけている上着を手に持っていて、床をずってるその上着が、なんだか文句ありげな顔をしていた。

「ゲームに入らないのか」
「うん。今日はもういいや」
「そうか」

それで納得したようにことりと首を傾げるから、オレもまたまいう棒に向き直った。ちょっと立ててみる。くしゃり。下半分くらいが砕けてて、それでも懸命に立つまいう棒。矛盾してるな。思いながらも、どうにかして立たないかなと指の先でゆらゆら揺らす。ぱたり。ぼんやりと眺めながら立てる。ぱたり。ふっと空気が動いて、赤ちんの手がそっとまいう棒を拾った。目で追ってみる。赤ちんは両手で袋をつまんで、ちょっとだけ押して、ああ、と頷いた。無駄なことだね。うっそりと笑む。




赤ちんはどこまでもあかかった。だからオレはそのとき初めて、赤ちんはさみしいのかもしれないと思ったんだ。



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