黒子の申し出に頷いたオレは、その翌週も黒子と連れ立って帝光中学校に訪れていた。そんなに頻繁に、かつ定期的に予約がとれるもんなのかと聞いてみたところ、これはボクだからですそれ以上は聞かないでくださいと抑揚のない声で言われた。つまりは、多分、そういうことだ。分からないことだらけのまま、二度目の来校である。
「居心地が悪いとは思うんですが、先週と同じ感じでお願いします」
「おう。ここで待ってりゃ良いんだな」
「はい」
先週は黒子にすすめられてから座った椅子に、最初からぼすっと腰かけた。周囲はそう特別でもない、言うなれば何の変哲もないマンションの一室のよう。カーテンがかけられた受付へ向かう黒子の背中を、先週よりは落ち着いた気持ちで眺めていた。
「こんばんは」
「テツくん! こんばんは、いらっしゃい!」
「一週間ぶりです。青峰くんと黄瀬くん、いますか」
「ええとね、大ちゃんはいるんだけど…」
ローズピンクの髪の女(確か黒子が桃井とか呼んでた)は、先週と違って少しだけ言いづらそうに声を途切れさせていた。珍しい事態らしく、黒子もきょとんとした顔で首を傾げている。
「あのね、えと、きーちゃんがね」
「…黄瀬くん、またわがまま言ってるんですか」
「……そう、っていうか…その、ちょっと前の人がね。…今度ちゃんと話すよ」
「そうしてもらえるとありがたいです。すみません、桃井さん」
ううん、と桃井が言うのと同時、奥の扉がバタンと開いて一気に騒がしくなった。驚いて目を向ける、真っ先に視界に飛び込んできたのは淡いビリヤードグリーン。なんだあれ、思った後ろに黄瀬がいて、動かない黒子と一緒にオレも動けないまま。
「待つのだよ高尾!」
「なんで? どったの真ちゃん、今日は良いって言ってんじゃん」
「そういう言い方は、」
「ほんとに怒ってないって。真ちゃんはもっと友達のこと大事にしなきゃ」
「ならオマエはどうなる、オレは…!」
「真ちゃん」
何がなんだか分からない状況で、黒髪が緑髪の唇に指をあてるのを息をつめながら見ていた。それよりも後ろの黄瀬が気がかりで、俯いたままの黄色い頭は今にも泣きだしそうだ、と思う。黒子も桃井も、同じように声もなく状況を見定めているようだった。
「それ以上は、ほんとに怒るよ」
黒髪の低い声に緑髪がぐっとたじろぐ。ぴりっとした緊張感が走ったそのとき、黒子の淡々とした声が響いた。「――…高尾くん」緑髪から声の主に視線をうつした、その瞳は何にも興味がないように見えた。瞬間のその暗さに、違う緊張を感じる。と、思った矢先。
「あっれー、黒子クンじゃーん」
「こんばんは。お久しぶりです」
「そっか、今日金曜か。ガッコーお疲れさん」
「ありがとうございます」
底抜けに明るい声で、黒髪は黒子にニカッと笑いかけた。一気に緊張がとける。気づかないうちに強張っていた体の力を抜くと、そこでようやくオレに気づいたように黄瀬が顔をあげた。まん丸の目がぱちぱちと瞬きをする。
「取り込み中すみません。もし良ければ、といいますか…黄瀬くんはこちらで引き取りますので」
「あ、そうなん? オレは別に――…ああ、うん。なるほどね」
高尾と呼ばれた黒髪は、黒子を見、オレを見て、納得したようにまた笑う。
「なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「ありがとうございます」
「なんで黒子クンがお礼なんだよ! マジおもしろいわほんと」
「さっさと行ったらどうですか」
「うわ手のひら返されたー」
けらけらと、何が楽しいのか分からないが、高尾はそのまま緑髪の手をひいてドアを開けた。「んじゃ桃ちゃん、真ちゃん借りてくねー」戸惑ったままの緑髪と一緒に、雑踏の向こうへ消えていく。
背中が消える直前にこちらを見たその笑みは、先ほど見た狡猾な笑みにどこか似ていた。