真理、という単語を辞書でひいてみると、誰も否定することのできない、普遍的で妥当性のある法則や事実、という一文が顔をのぞかせる。普遍的、というのはこの場合、いつの時代であれ誰もが持ち得る思考、みたいな意味で、要するに天地がひっくり返ってもそれはまことである、という意味である。なるほどオレにも分かりやすい、そしてその半分は彼の人を表す一文字でもあった。

目の前で湯島天神の鉛筆をかりかりと動かす左手を見ながら、何を考えているんだかと我ながら呆れてため息をひとつ。見ていた教科書に目を落とす、ふと目に入った黄金比の三文字に、また左手を視界にいれた。あの手のひら、黄金比にしちゃ横が長いな。そのまま遠慮もなく見つめた顔とまつげと瞳と唇と、もっとも近かったのは眼鏡のレンズ。いちたいやくいちてんご、美しさの源は眼鏡か、なんてあほらしい。


「真ちゃんオレ頭おかしいかもしんない」

「今頃気づいたのか。いいから黙って手を動かせ」

「うぃ、むっしゅー」


意味など無いに等しいオレの独り言をひろって、真ちゃんは感情のにじまない動作でノートをこん、と叩いた。

美しいといえば真ちゃんのノートはとても美しく書かれている。判子のようにそろえられ、罫線にワープロのようにおさまる文字の羅列。割とぐっちゃぐちゃに書かれているオレのノートと見比べてみる。文字が汚いのは脳味噌に手が追いついてないからだと誰かは言うが、このノートを比較してもそう言えたなら大したものだ。誰がどう見ても、真ちゃんのノートは美しかった。ゆえに、真ちゃんの思考も美しい。証明終了。これが曰く、真理というものだ。

普遍的で妥当性をもつ、真ちゃんの言動はすべてが美しく、またゆえに可愛い。例えばこうしてまつげを陽射しにきらめかせながら文字を生み出す真ちゃんはどこぞの女神かと言いたくなるくらい美しいが、先ほどからオレがじっと見つめていることに気づいて頬をほんのり染めている様子はどう見ても可愛かった。どの角度どの体勢で見ても可愛かった。美と愛嬌を同居させている身長2m近い高校生男子。オレの中の常識は、こいつと出会ってから悉く砕かれているような気がしてならない。

知恵熱でも出そうなほど温もった脳をふるふると振ってみる。何をしているんだと言いたげな緑色は、それでも直接オレを見ようとはしなかった。ぺらりめくった教科書に、色の名前がぎっしりと並ぶ。ときわみどり、びろうど、わかたけいろ、ひすいいろ、うすもえぎ。一口に緑といっても色々な名前がついていた。オレは真ちゃんを一口でだなんてもったいなくて出来ないが。はあーたまんねえ。


「真ちゃんの髪は千歳緑かな」

「…オマエは何の勉強をしているんだ」

「緑間学専攻の必修科目」

「本気で、早々に、病院に行ったほうがいいのだよ。頭の」

「オレの講義聞く? 集中講義で一生分」

「どれだけ喋るつもりだ落ち着け」

「あー真ちゃんがかわいくてかわいくて震えるわマジで」


顔を覆ってそのままつっぷした。一生分、真ちゃんはオレの隣でオレの話だけ聞いてくれればいい。きれいでうつくしくてかわいい真ちゃんの、そのすべてがオレに向けられればいい。そんなことを言えばリアリストな真ちゃんは到底無理なのだよと困ったように言うか見下してくるだろうが、その妄想だけでもぎゅっとなる胸が苦しかった。好きだよ真ちゃん。なんかオレもうだめになりそう。


「ねぇ真ちゃん」

「…なんなのだよ、さっきから」

「オレはね、真ちゃんが、オレだけ見てオレとだけ喋ってオレにだけ触れてくれたらどれだけ良いだろうって思うわけ」

「は」

「真ちゃんの全部がオレのものになればいいのに、」


独り占めしたいと思っていた時期もあった。それがいまや、手に入れたいと思うようになっている。オレはヤバイ、人としてどうかしてる。そんなこと自分でもわかってる。それでもオレは、緑間真太郎という個体の、細胞ひとつひとつまでをも愛してた。15歳にして愛とは何かを解するまでに溺れている。理解不能なオレの思考と言動に目をぱちくりとさせる、そんなオマエがかわいくて仕方ない。あーあーあー。そんな目で見ないでよ真ちゃんオレどうにかなりそうだよ。

人間が他の人間のすべてを手に入れるなんて不可能に決まっている。オレにだって分かる。毎日これだけ一緒にいても、好きだと告げても、それこそ体を重ねたって、オレが真ちゃんとひとつになることなんてあり得ない。そのかわいさ全部がオレだけに見えればいいのに、感じられればいいのに、オレのものになればいいのに。重たすぎる思考がオレの脳内で確かな重量をもったように感じた。ずっしりと横たわる、真ちゃんへの愛とかいう。


「…高尾」

「どしたの真ちゃん、かわいい顔して」

「オマエの言うことはいつも不可解でオレには到底、その…把握し難いが」

「うん」


気まずそうに視線をそらす、その顔もかわいかった。右手がもじもじと鉛筆の先をいじる。わあ、気づかなきゃよかった。真ちゃんかわいすぎて意味わかんない。ポーカーフェイスを貫き続けるオレをうかがうように見ながら、それでも声色はまろやかに甘く。


「……オマエの全てを捧げるというなら、オレの全てを預けるくらいは構わない、のだよ」


一生かけて愛してみせろ。ちょっとだけ照れくさそうに、それでいて仕方ないのだよこの馬鹿尾とでも言いたげな瞳、






ゴールデン・ティオ
(撃ち落とされる黄金真理)




相互記念:愛樹さんへ!



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