オレの名前は春己。と書いて、しゅんきと読む。

ぶっちゃけ初対面でちゃんと呼んでもらったことはほとんどないのだけど、それはこんな字をあてた親も親だとオレは思っているのであまり気にしたことはない。姉の冬柚…ふゆの、ことふーちゃんはそれを寂しいと思ってるらしいから言ったことはないけど、オレの友達にはオレを「ハル」って呼ぶ奴もいる。親からもらったシュンキという名前はとても好きだし愛着もあるけど、ハルって呼ばれるのも案外悪くない。コードネームみたいなものだ。

「しゅんちゃん」

ふーちゃんはオレをしゅんちゃんと呼ぶ。そう呼ぶのは昔は母さんと姉さんだけだったけど、母さんは海外で医者をやる父さんにくっついていってしまったので、今では姉さんだけということになる。

「なーに」
「昨日のね、お鍋なんだけど」
「やっぱり欲しいって?」
「うん…しゅんちゃん怒る?」

リビングのチェアに座って家計簿とにらめっこをしながら、横目で少ししょぼくれながらオレを見た。昨日一緒に買い物に行ったとき、散々迷って悩んで挙げ句に買わなかった鍋。横で待ってたオレが退屈そうにでも見えたんだろうか。

「なんで?」
「だってしゅんちゃん、…優柔不断なの、嫌いでしょう」
「ふーちゃんが優柔不断なのって、もう今更じゃん」
「…そうかな」
「うん」

一晩お鍋があることで生じるメリットとデメリットを散々考慮して、やっぱり欲しくなったんだろう。うちにある鍋は調理用で、ふーちゃんが好きな二人鍋ができないのだ。そういう男料理をするときはオレが担当になるのだけど、普段世話になっているばかりの姉に好物くらい好きなだけ食べて欲しいと思うのは弟としては常識だ。

「ふーちゃん、お鍋食べたいっていってたでしょ」
「…うん」
「じゃ、今から買い行って、今日お鍋にしよっか!」
「ええ!」

びっくりして固まったふーちゃんをほらほらと急きたてて、財布を持ちに小走りに和室に入ったふーちゃんを見ながら、オレはリビングの棚から鍵を外した。こういう分担がもうしっかり決まってて、でも弟としてできることは少なくて。もどかしいなあ、と思う。でも、「じゃあ行こっか」と笑うふーちゃんはオレを甘やかすのが好きだから、問題がない程度にわがままをいうのも忘れない。

「帰りに荷物持つからさ、おかずにきゅうりの浅漬け作ってよ」
「きゅうり? なら、今日はお味噌が安いからしゅんちゃんの好きなもろきゅうにしよう」
「やった!!」

オレンジに染まる夕焼けに、ふーちゃんの笑顔はとても似合うと思った夏だった。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -