オレは映画のクランクアップを終えて、アイツはバスケの予選リーグを勝ち抜いて、そんなありふれたオレたちのありふれた休日、だった。読みこみ過ぎてぼろぼろになりかけているオレの台本を読む火神の傍らで、オレは録画しておいた予選リーグの中継を見る。結果が分かっていても見たいのは、やっぱりオレが火神のプレイを見るのが好きだからだ。

「お前、また恋愛モノなんだな」
「そっスよー。若いうちに出ておけって、ウチの事務所がねじこむもんで」
「へぇ」

興味がなさそうに、というか多分ほんとに興味がない声で火神が言う。バラエティでいじってもらうのも音楽番組に出してもらうのも司会をするのもどれも楽しいけれど、オレが俳優業をやりたいって言ってるのを火神は知ってるからだ。キスシーンがあってもベッドシーンがあっても、内容に文句を言われたことはなかった。言われても困るけど、言われないのもなんだかつまらない。ワガママなオレ。

画面の中の火神はいつも通りのキレの良さで、磨き上げた技でメテオジャムもレーンアップもばこばこ決まる。今回青峰っちとは別のリーグになったから、そう激しいマッチアップも見られないらしい。アメリカに行ってからめちゃくちゃなシュートも決めるようになってきて、青峰っちとやってると双方がフォームレスでシュートをするからもう何がなんだか分からない。ふたりが入ったばかりの頃は、驚きのあまり「手品のような」なんてちんけな文句が新聞に踊ったこともある。それでもふたりとも、楽しそうにバスケをするのだから、変わらないとしか言いようがなかった。

「…お前、いつ日本に帰るんだ」
「ん? んっと、ホテル戻るのは明日だけど…多分クランクアップの報告撮って、宣伝すんのにパーティやって……だから、あと一週間かそのくらいスかね。あっちの仕事もつまってるし」

アメリカに住んでる火神は日本の映画が見られないからと、使い終わった台本はいつも火神の家に送っている。あまり本は読まない火神が、それを毎回読んでいるとは思っていなかった。けど、その後DVDを送ってしばらくしてからスカイプをつなげばちゃんと映画の話が出来るし、台本と違う台詞になってたなとかそんなことを何気なく言うものだから、オレのこそばゆさといったらなかった。どんな作品であれ、どんなメッセージであれ、一番に見て欲しい人が見てくれれば良い。オレの俳優人生はずっとそんな感じだ。

台本を読んでめくりながら、火神はそうか、と零れるように言った。うん、頷いたオレの目の先で、過去の火神が思いっきりダンクをする。バスケの試合を見てもどかしく思わなくなったのはいつからだろう。本格的に俳優路線にシフトした時も、元バスケの天才で、と言われるのがなんだか苦しかった。それが無くなったのはいつからだろう。あの焦げるようなバスケへの思いは、きっとオレの中、どこかの箱に眠っている。

「アンタは、次の試合いつなの」
「明々後日。でもまあ、青峰のやつが集めたメンツでやるだけだから、非公式だな」
「青峰っちまだやってんだ。そういうの」
「公式っつってガチガチになるよりも面白ェしな。多少のファールはお互いノーカンだし」
「ワイルドなストバスっスねぇ」

初めて熱愛報道なんてものがされたとき、火神はオレにめちゃくちゃ怒ったことがある。勘違いされるようなことするんじゃねえよって、今までにないくらい怒鳴られた。でもオレだって、たかが同じモデルの子と複数人で飯食いに行くのが『勘違いされるようなこと』だなんて思ってなかったし、その途中でひとりの女の子と立ち止まってちょっと自販でジュース買うのが悪いことだなんて思いもしなかった。仕事仲間と飯行って何が悪いんスか、じゃあなんで二人っきりでいたんだよ、アレは撮り方が悪かっただけで少し先にあと五人くらいいたっスよ、だったら油断して撮られるようなマネすんなよ。オレたちにとっては史上最大と言っていいほどの修羅場だった。誰だって、恋愛的な意味では好きでもない友人のことをアレコレ言われるのは嫌なものだ。好きな人がいるのに言えなくて、連日のカメラマンとのやりとりにオレは疲弊していった。くだらねぇと思った。けど、でも、火神とのことになると駄目だった。それからの報道ストレスでオレが倒れたら、火神は悪かったってあっさり、それでもちゃんと謝ってくれたから、オレは安心できたのだけど。

まとめきれるものじゃない思い出に何とかふたをして、台本を読んでいるままの火神を見た。見慣れてるはずなのに見飽きないその顔。高校の時から変わんないスねえといつもちゃかして言ってるけど、同じような写真を並べると明らかに違ってる。それだけの年月を一緒に刻んだんだと思うとなんだか不思議だった。あの頃は、もっと早く、こんな関係終わるんだと思ってたから。

撮影を終えたばかりの映画を思い出す。クリスマスの時期に公開されるその映画は、不器用な高校生同士の恋愛を描いた映画だった。いい加減高校生は無理なんじゃないかと思ったけど、メイクさんの頑張りと衣装さんの手腕でオレでも懐かしいと思うくらい若返った。卒業と同時に恋人同士になったふたりは、卒業旅行でアメリカへ行ったその後すぐに彼女が消息不明になってしまう。何かの事件に巻き込まれたのではと彼女を探す彼氏が日本中を探して掴んだ彼女のかけらは、アメリカのどこかの病院にいる記憶喪失の女の子へとたどりつく。そこからはもうエンドロールまでまっしぐらだ。記憶のない彼女とあの頃のように同じ道を歩いてデートする。雪の降る日、最後にたどりついたクリスマスツリーの下で彼がプロポーズをしたとき、彼女は全てを思い出して涙を流す。そんな、ありきたりだけど壮大な話だった。

アメリカでのデートシーンを撮るとき、オレは火神と歩いたときのことを思い出していた。役に入り込んでないわけじゃなかったけど、自分の中でデート気分を盛り上げるならその方が良い。誰にも気づかれないし。と思う、けど、火神は気づくかもしれない。まあいいか。火神に初めてアメリカを案内してもらったとき、初めて外で手をつないで歩いたとき。そんなことを全部覚えてる。重ねることなんか出来ないレベルで彼女役の子は手が小さかったけど、オレはやっぱり火神のちょっとかたくて大きい手が好きだ。

「…火神っちはいつ日本帰ってくんの」

考えるのに疲れたから、黙ってたままの火神に声をかけた。アメリカと日本に住居がわかれてもう何年も経つ。暇があればお互いにしょっちゅう行き来してるから、あまり別居してる気にはならなかった。でも、やっぱり、同居じゃない。高校生のときみたいに、毎日ばかみたいに会えるわけじゃない。……そんなことを、オレは何度も火神に言って困らせてきた。

「毎年同じだよ。決勝リーグが終われば帰る」
「終わって帰ってきても、またすぐこっち来るんスよね」
「…黄瀬」
「………ごめん。なんでもない」

なんでこんなにセンチメンタルなんだろう。映画を撮っていて、フィクションは簡単でいいなあなんて思ってた。結局のところ恋愛ものなんてハッピーエンドが当然で、出会ったふたりは結ばれるのが当たり前だった。幸せな未来が決まってる。それが羨ましいと、思わないわけじゃなかった。

涼太、と火神がオレを呼ぶ。そのあったかい声が、やっぱりオレを甘やかす。いつもみたいに泣きたくなって、いつもみたいに丸くなった。オレはなんでこんなに寂しがりなんだろう。なんでこんなにわがままなんだろう。そっと隣に来てオレに触れたその手を払うみたいにして抱きついた。そんなんじゃ足りないんだよ。そんなんじゃだめなんだよ。

「…たいが、オレ、」
「うん」
「っ、アンタと、もっと一緒にいたい。ずっと。毎日。なんで出来ないんだろ、なんでオレ、こんななんだろ、なんでおれ、」
「…うん」
「オレ……っ、」

ぎゅっと抱きしめられた。別れる日の空港でだってアレだけ泣いたのに、オレはいつだって火神を困らせてばかりだ。火神が忍耐強くなったのもオレのせいで、でもオレはそれがうれしいとかバカみたいなことを思うやつで。どうしようもなく、今が寂しかった。欲しいものが全部手に入るなんて、そんな魔法みたいなことはどこにもない。

「……涼太」
「ふ、ぅ……ん、なに、」
「お前、オレが好きか」

嗚咽に近くて声がうまく出せないオレを、頭を撫でたり背中をさすったりしながら火神がなだめてくれる。ずっと変わらない。火神の肩をぐしょぐしょにして目をこすって、オレはそれでも答える。

「すき、アンタが、…っ、大我が、好きだっ…!」

帰りたくないなんて、今更だよ。火神が頷いたような気がしたけど、オレにはよく分からなかった。女々しく泣くオレをアンタはどう思ってるの。鬱陶しいって、うざったいって、思ってるの。そんなことオレには聞けやしない。「涼太」何度目かの火神の声で、オレはぐずぐずになった顔をあげた。息が苦しかった。だから、火神がオレの左手を取ってその金色を通しても、一瞬なんだかよく理解できなかった。

「……? …、に、これ」
「…指輪だよ。リング。見りゃ分かるだろ」
「ゆびわ……なんで?」
「それを今聞くか、ばか」

照れたみたいに火神が笑う。金色にちょっとだけ模様が入ってて、ただそれだけのシンプルなリング。いつの間に測ったのか、それはオレの指にすんなりとおさまっている。その手にもうひとつ、同じリングが落とされた。火神を見る。ちょっとだけ、触れるだけのキスをされた。

「オレも、お前が好きだよ。涼太。愛してる」
「…うん」
「だから、これからもずっと、一生、オレと一緒にいてくれ。…ださい」
「それ噛んじゃうんスか」
「うるせぇ」

あは、なんだか自分がばかみたいに思えてオレも笑った。涙でべとべとになったリングを火神の指に通したら、場違いみたいな金色がきらきらと光る。オレと火神の手が一緒になったみたいですごく嬉しかった。ぐるぐる考えた全部が晴れていくような、それでもさみしさは無くならないような。

「…一生お前を愛するって、誓うよ」



雪は降っていなかったけど、それでもその光景は、オレの中に鮮明に刻まれた。





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