「見て見てサラワ!」
「ふふ。良いですねえ、そっくりですよ」
「な! 後この辺ちょっといじってさあ」
「そうですね……こうですか?」
「そうそう!」

キッチンの向こうからキャスの楽しそうな声が聞こえる。カウンターのこちら側で海図を並べながら、おれまで楽しくなったような心地でサラワの頷きを聞いていた。朝から何やらこそこそとしているふたりが何をしているのかは分からない。それでも、毎日日誌と向き合うおれには明白だった。微笑ましい光景に笑みがこぼれる。

「ぺーんぎーん。甲板掃除終わったよー喉かわいたー」
「お疲れ。残念だが今はキッチンには入れないぞ」
「そうなのー?」

バケツとモップを抱えたコハリが食堂をちょっと覗きこんで過ぎていく。ぺったんぺったんと鳴る個性的な足音はしばらく進んで、少しの物音を生んでからまたぺったんぺったんと戻ってきた。食道に入る前に首を傾げて、それからそうっとキッチンの奥を覗くように背伸びをする。

「キャスぅー、入っちゃだめー?」
「コハリー? 今はだめー、何か出したいもんでもある?」
「紅茶ください、キャスケットさん」
「りょーうかい。ちょっと待ってな」

だめだってー、言いながらおれの向かいに腰かける。何してるんだろうねえとぽやぽやしながら、少しだけ残念そうに表情を崩した。コハリの笑顔は、見ていてなんだか癒される。

「コハリは何にしたんだ、今年は」
「んー? んふふー、まだないしょ」
「そうか」
「ペンギンはー?」
「おれも秘密だ」

まだな、人差し指を唇にあてて答えた。コハリはそうだねえとテーブルを撫でながら、いつかサラワが歌っていた鼻歌を口ずさむ。何の杞憂もない穏やかな日だった。確率的には半分以上を占める、平和な一日だ。どたばたと戦闘でもしてうやむやになるよりも、こうしてクルー全員がそわそわしたように浮かれている一日の方が良い。それも悪くないと、あの男もきっと言うだろう。

「コハリー、お待たせ!」
「キャスありがとー。まだかかりそう?」
「さっきオウギがでっけぇ木持ってきてさぁ。アレにみんなで飾りつけしようぜって言ってたから、もう少ししたら終わらせる」
「そっかー。がんばって」
「おう!」

オーブンや冷蔵庫が動いているキッチンの奥では、カウンターからサハラに声が届くことは無い。代わりにひらひらと手を振って、キャスと拳をぶつけて笑いあう。コハリの背中でおれたちのジョリー・ロジャーも笑っていた。手元でめくった海図は今までの軌跡で、日々厚みを増すそれが何よりも誇りだった。新年とはまた違う、ひとつの区切りを今日、迎える。

廊下側の扉からがつんごつんと何やら騒々しい音が響いて、すぐにこの船のもうひとりの船大工が姿を現した。肩には怪しげな切り株――…ではなく、樹そのものが乗っていた。…これがさっき言ってた『でっけぇ木』か。船の大きさを考えろと言いたい。

「よぉペンペン! ちょっと手伝ってくれや」
「……それをどこに入れるつもりだ」
「それ聞くぅー? フッツーに食堂だろ、常識的に考えて」
「お前は常識の意味をもう一度辞書で調べた方が良いな」
「あっは、それキャプにもよく言われるわ」

軽口半分で入ってきたそれを痛む頭をおさえながら手伝い引けば、木の真ん中あたりを持っていたベポがようやくといった風に食堂に入ってきた。どう見ても巻き込まれたかわいそうな白くまだったが、食堂に入りきったことをオウギと喜び合っているところを見ると完全に共犯らしい。何なんだその思考は。

引き入れた樹は立てると一番先が完全に首を傾げていた。当然だとおれは思うが、馬鹿とクマは満足気に頷き合っている。何がどう良いのか説明してもらいたい。カウンターから出てきたキャスとサラワは樹を見て、「うっわすげー!」「また立派な樹を持ってきましたねえ」と感心したようにはしゃいでいた。完全にアウェイなのはおれだ。納得いかない。

「これによ、こういう…ほら、珠とか飾りとか下げるっつーわけよ」
「へー。結構ハデになりそう」
「この女の子の飾りは可愛いですねースカートがふわふわです」
「ベポ見てーきいろとくろの靴下」
「わぁ、それキャプテンみたい!」
「この目つきの悪いガキはキャスだな」
「じゃあこのひげ生やした不審者のジジィはオウギだな」

ふわふわをまとう人形を並べてにこにこのサラワ、靴下やプレゼント型の飾りを樹に引っかけては箱をあさるベポとコハリ、いつも通り額をぶつけていがみ合っているキャスとオウギ。見た目はとても和気藹々としている。とても良い雰囲気だと思う。……今作り上げられているものが、なんであれ。

「ペンギン、船長が、……おや」
「ああ。今行く」
「……あれは、その、………いえ。良い出来になりそうです」
「そうだな。おれもそう思う」

博識であるロニーは分かるだろう。でかい樹、飾り付け、ライトアップ。それは違うと言い聞かせたところで、彼を祝う気持ちになんら変わりはない。無粋なことを言う気分にもならず、椅子に寄りかかって少しだけその様子を眺めてみた。乱雑にではあるが大半の飾りをつけ終えて、キャスがいそいそとキッチンに駆けていく。それぞれが用意したのであろうプレゼントがいつの間にか樹の周りに集められていて、それこそ全く別の日を思い出す情景であったけれど、満足気なクルーを見ているのはこちらとしても満足だ。キャスがグラスを並べる横で、ロニーも持っていた小袋を同じように置く。

「さて、そろそろ呼んでくる」
「まだ! 待ってペンギン! 待って!」
「いい加減にしないと乗り込んでくるぞ」
「この辺偏ってませんかね」
「曲がっちゃってて一番うえに星つかないよこれ」
「こっち靴下ばっかりになっちゃったー」
「とりあえず派手になりゃいいよ派手になりゃ」
「注ぎ終わった! おっけー!」
「じゃあ本日の主役に登場していただくか」

え、とこちらを見た扉の傍には、肩を震わせて笑う我が船の長の影。




我らが主に祝福を。




(せんちょぉー!!?)
(キャプテンお誕生日おめでとー!)
(あっベポずりぃ! 誕生日おめでとうございます船長!!!)
(おめっとーさんですキャプー)
(船長さん、おめでとうございます)
(船長、貴方の生に感謝します)
(せんちょーおめでとー)
(おめでとう、船長)


(……しょうがねェやつらだ)




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