後ろに下がっていた男の背に負ぶわれて、長い道のりをゆらゆらと揺られた。ときおり、抱きしめてくれた手と同じ温度が頭を撫でてくれる。一生分ないてしまったと思っていたはずのなみだが止まらなくて、目の前の背中をぎゅっとにぎった。わらう声。あたたかい。ぽんぽんと背中をたたかれながら、初めてのぬくもりの中で、静かにねむった。
起きた場所は真っ白な部屋だった。今まで真っ暗ななかにいたせいで目がしぱしぱとしたが、見たことのない天井はあまりに落ち着かなかった。そっと起き上がる。ここはどこだろう。ひとりぼっちの空間はしずかだった。すこしだけこわい。そう思ってぎゅっと握った手のひらに、白いぬのが巻いてあることに気付いた。
「お、起きたか」
かちゃりと開いたとびらから、最初に見たはいいろの人が入ってきた。自分を見てまた笑う。寝ていた場所のすぐ横にいすをひきだして座って、グアイはどうだ、と額にあたたかい手のひらをあてた。
「ん。熱は下がってきたな」
「…ぐあい?」
「吐きそうとか、頭がいたいとかはないか」
「ない、です」
「傷がいたんだりも?」
こくりとうなずく。灰色の人は上出来だと背中をぽんとたたいて笑った。そのとき、後ろからまたもうひとりの男の人が入ってきた。手に何か持っている。「起きたのか」「あァ」短いやりとりをしてから、灰色の人に持っていたそれを手渡した。
「こいつの分と、あとお前の分」
「……お前が作ったのか」
「何事も最初が基準だって言うだろ?」
「おれは散々食ってんだよ」
ぶつぶつと言いながら、その中からひとつ拾って――…向けられたそれを、受け取ることができない。
「食え」
「…でも、きょうはまだおつとめを」
「良いから食え。今日の勤めはそれだ」
受け取る手を出せない自分にいらだつように、灰色の人は男に皿を押しつけた。苦笑するような男が皿を受け取る。ちいさなスプーンにすくって、息をふきつけてから同じように差し出した。男の目を見る。初めて見たときよりもずっとやわらかく笑む、その顔。
「――……、」
「どうだ」
「?」
「うまいとか、まずいとか」
「……わからない、です」
「どっちかくらいは」
「おい変態。新入りを尋問するのはやめろ」
「誰がだ誰が!」
大きな声にびくりとする。ごめんなさい、とっさに言った言葉にふたりがこちらを見た。ごめんなさい。ごめんなさい。手が震えて後ずさるのもままならなくて、もう一度ごめんなさいを言おうとしたとき、目の前の影にぎゅっと抱えられた。最初のときみたいな。あたたかい。
「…悪かった。びっくりしたな」
「――ぅ、……わた、し――ぼく、ごめ、ん、なさ、」
「もういいから。分かったから」
「ぼく――は、」
「うん」
背中をたたかれて、頭をなでられて、それでようやく体からちからがぬけた。ぼろぼろとなみだがこぼれる。声にならない言葉でなきながら、灰色の人の首にしがみついてその服をぎゅっと握りしめた。男が頭をなでる手もやさしかった。
「…お前を傷つけるモンは、もうどこにもねェから」
せつないほどにあまくいたむこの胸が、どうしようもないほどしあわせだった。