ぼうっとした頭で息のかずをかぞえていた。どうやらまだ生きているらしい。動かせない目には穴や傷だらけになった手のひらがうつっていて、汚いままだったらもうおつとめは終わってしまうなとそれだけを考えた。いたみは、もう、感じない。体中がぼんやりとあつかった。
与えられた小さな空間の中でけほ、とせきをする。辺りは真っ暗だ。物音がなにもしないということは、ほかの子たちはまだおつとめの最中なのだろう。自分がいつここへ戻ってきたのかも分からなかった。途中からのことはなにも覚えていない。どこまで覚えているのかもあやふやだ。…知らずこぼれたなみだに、近すぎる終わりを思った。
こつり。誰かが小屋に入ってくる音がした。いつもなら飛び起きるような冷たい音だったけれど、もうそんな気力もなかった。いたみのない体に、それ以上の重さを感じる。終われるのならそれで良かった。これでようやく。
「……ふざけた目ェしてやがんな、お前」
落とされた声は聞き覚えのないものだった。吸って吐くだけの息をどうにか落ち着かせて、ゆっくりと目だけをあげていく。――…真っ黒の世界のなかに、しろくあわくひかる、影がひとつ。その後ろに、とけるような影がもうひとつ。
「――どう思う」
「…どうもこうも。ただのドレイ小屋だろう」
「まさか、自分のオヤよりもクソみてェな人間がこの世にいるとはな…」
最高なセカイだぜ、吐き捨てるようにしてその人が言う。持っているのは長い長いナイフだった。あれで自分をころしに来たんだろうか。暗い場所でもよく見える目で、見たことのない影をじっと見る。最初の人が小屋の中をうろうろしているあいだ、後ろの人がこちらを見ていた。――からだを持ち上げようとしてついた腕ががくりと力をうしなって、そのままばしゃっと床に倒れこむ。
「うわ。倒れた」
「あァ? …なんだ、怪我人か」
「らしいな。……いや、…あの手」
「ん?」
「ゴウモンまがいのケイセキが有る」
「…ゴウモン、ね」
耳に落ちる音は知らない旋律ばかりで、そのままそっと目を閉じた。この音の中で終われるなら。閉じた目の奥できらきらと光るのは、見慣れた格子のぎんいろ。突き刺すような音が自分のすぐ横でしても、もう指一本動かせなくなっていた。
「おい、ガキ。起きろ」
ぐいっと持ち上げられた、その手はどこかあたたかかった。なぜだかふいに泣きたくなるようなぬくもりに、ゆっくりと息をしながら目を開ける。――…不思議な色をもつはいいろを、とても、きれいだと思った。
「環境は最悪、待遇も最悪。このままじゃ十中八九お前は死ぬな」
しぬ、という言葉を、これほど救いに感じたことはなかった。なみだがこぼれる。なぜだろう、これでようやく楽になれるのに。寄りかかった肩もあたたかかった。支えられた腕、その手に――…触れたいと、思って。
「……やりゃァできんじゃねェか」
つぶやくような声。止まらないなみだを見て、服をつかんだ手のひらの上に男の大きい手が重ねられる。しにたくない。たとえそれがこんなくるしみしかない場所だとしても、この生を手放すには理由がなさ過ぎた。「…し、たく…ぃ、」今度はちゃんと言葉にする。聞こえているはずなどない声に男がわらった。
「それだけじゃ足んねェよ」
いたみのない体をそれでもつつむように、なんどもはかない夢の中で見たあたたかさだった。自分にもまだ与えられる熱がある。どこかに引き込まれるようにして落ちていく意識。男の声はどこまでも沈む。潜る。しみわたって。
お前は生きたいか。お前の知らない、光の下で。そう言った男はきっと、自分が選ぶ道はただひとつだと知っていた。