昼休み、屋上、晴天。夏が終わってもうひと月が経とうというのに、青く晴れ渡った空はそれなりの暑さを伴っていた。学ランは暑いが、シャツになるには風が肌寒い。そんな感じ。なんとも中途半端な空の下で、ふたり並んで、弁当を食べる。


「午後イチで数学とかありえねぇよなあ真ちゃん」

「時間割に不満があるなら教務部に言え」

「そこまでガチじゃねーよ!」

「だからオマエは馬鹿なのだよ」


ハン、鼻で笑う憎たらしい顔。ちょっと頭が良いくらいで、あとバスケがめっちゃ出来るくらいで、あとかなり努力家なくらいでそんな偉そうな、そんな、……やめておこう。これ以上考えるとオレのメンタルに大変な傷がつきそうだ。カズナリ泣いちゃう。


「理科系は好きなんだけどなー」

「偏った知識は身を滅ぼすだけだな」

「真ちゃんは? オレの? 何がそんなに気に入らないのかな!?」

「…あんな意味の分からない教科が好きなど理解不能なのだよ」

「苦手科目が漢文と生物だっていうお前の方がよく分からんわ!」


それの共通点てどこだよと箸でビシッと指してやっても、平均以上は取れているから問題無いのだよと嘲笑される。数学の赤点常習としては痛いところである。やっぱり泣いた方が良いんだろうか。

悔し紛れに卵焼きを口に放り込んだのと同時に、真ちゃんが自分の弁当から似たような卵焼きをふにゃりと箸で挟んだ。口にいれてもくもくと噛む。その口角が、というか頬がというか目元がというか、オレの口の中のしょっぱい卵焼きが嫉妬してしまうくらい。


「…真ちゃんて卵焼き好きだよね」

「………嫌いではないな」

「ぶっは! そんなに迷うこっちゃねぇだろ、卵焼きくらい」

「オレの好きはそんなに軽々しいものじゃないのだよ!」

「なんだそれちょううける」


そっぽを向いてしまった真ちゃんの、赤くなった耳がすっげえかわいい。こんな大柄でツンデレで扱いづらい男にかわいいなんて言う日が来るとは。人生って何が起こるか分からない。でかい真ちゃんが小さくなってご飯を噛んでいる背中を見て思う。

「そっかー真ちゃんは卵焼きが好きかー」歌うように言いながら弁当を食べ終える、近い距離からの視線が痛い。口に入れたきゅうりも戸惑ってなかなか前に進んでくれない。水筒からお茶を流しいれて飲み込むと、真ちゃんも食べ終えたらしくきちんと手を合わせてから弁当箱を巾着袋に閉まっていた。ああいうところがなんだかおばあちゃん子みたいでかわいい。はあーかわいい。


「真ちゃんてかわいいよね」

「……オマエは一度脳外科に行った方がいいのだよ?」

「その真顔で言うのやめて! せめていつもみたいに見下して!」

「精神科の方が良いかもしれないな近寄るな変態」

「あ、今の変態って良い。なんか良い。もう一回」

「潔く散るのだよ愚か者!!」

「ごふっ!」


今日のラッキーアイテムだった”大きめの水筒”がオレの鳩尾めがけて飛んでくる。真ちゃんナイスストライク。さっきのきゅうりと再会できそう。

オレが声もなく悶え苦しんでいると、その上からぽすりと軽く乗ってくる重さがあった。背中に感じるのは、真ちゃんの細かい髪と眼鏡を外す仕草。ふう、呆れるようなため息があって。


「…少し寝る」

「……うん」


淡い緑色の頭を支えながら体を起こして、高さ的にオレが真ちゃんの右肩に乗るように体勢を変える。オレが少しだけ頭を傾ければ、真ちゃんが当然とばかりにこつりと頭を乗せた。窺い見る、ふせられた瞼に陽光が降り注ぐ。

急に静かになった屋上に、オレと真ちゃんの溶け合うような呼吸が重なった。真ちゃんは春みたいな匂いがする。それから少しだけ、甘い匂い。無防備に投げ出された右手をとって、オレの左手とつないでみた。それだけで胸がいっぱいになる。なあ、みどりま。しんちゃん。ねえ。


「……好きだよ、真ちゃん」


ぎゅっと握り返された手のひらのぬくもりが、ずっとそばにあればいいと願わずにはいられなかった。







(しあわせ、だな)



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テーマ「人外ファンタジー」
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