例えばそんな魔法みたいな方法があったなら。


部室のベンチに無造作に置かれていた眼鏡を何気なく拾い上げる。あれこれ真ちゃんのじゃん、と思って、それからいつ誰が踏んでもおかしくない場所にあったことを思い出して、オレはつい気の抜けたコーラみたいな笑い方をしてしまった。あはは。それを望んでいたはずだったのに、返される信頼がこんなにこそばゆい。
誰もいない部室をきょろきょろと見渡してから、その眼鏡をこっそり鼻に乗せてみた。


「お、おー」


目がチカチカするほどの度。視力が取り柄なオレにとっては逆に世界がぼやけて見えるほどのそれにバランスを崩して、もつれた足を引っかけた上にロッカーに頭をぶつけた。なんだこりゃ。今日のオレのアンラッキーアイテムは眼鏡だったかもしれない。


「――…何をしているのだよ」


そんな馬鹿なことを考えながらぐるぐる回る視界にまたあははと笑ったら、途端に視界がクリアになった。輪郭がはっきりとオレに訴えかける。見失ってんじゃねーよ、ってか。笑える。


「真ちゃーん。どこ行ってたの」

「手を洗いに行っていた。眼鏡に触ると汚れそうだったからな」

「ほーん。よく行けたね、コレ無しで」

「動線の記憶があれば問題ない」


使い慣れた部室なら障害物さえ無ければ歩けるのだよ、さも当たり前だとでも言いたげな声でオレから眼鏡を取り上げる。首にかけていたタオルでぞんざいに拭いて、鼻にのせたそれをかちゃりと指で持ち上げた。きれいな指だなあ。オレの語彙の少なさ故に、この指は何回きれいだと言われたんだろうか。細くは無いし、柔らかくも無い。それでもやはり、いつ見てもきれいな真ちゃんの指。


「…何がしたかったのだよ」

「おん?」

「オマエがこれに興味が有ったとはな」


かちかち、アンダーリムのふちを真ちゃんの爪が叩く。珍しく感情が乗らない瞳に、オレは少しだけ首を傾げてうん、と頷いた。真ちゃんはそのまま、オレの言葉を待つかのように佇んでいる。ぼんやりと考えた。興味、興味。瞬きを数度、ああ、と自分でも納得がいったような気がしてもう一度頷く。


「眼鏡じゃなくて、お前に興味が有ったんだけどね」


例えばお前と同じものを見れたら、お前にもっと近づくんじゃないかと思って。





ガラスいち
(お前の全部を知りたいよ。)




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テーマ「人外ファンタジー」
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