背の高い同行者と歩くと、ボクの影は普段より一層薄くなる。

タワーみたいな二人に挟まれながら、ふとそんなことを思った。あの頃から全然変わらない。右を見ればまた輝きを増したんじゃないかと呆れた目になってしまうモデルの笑顔があって、左を見るとアメリカから一時帰国しているシカゴバスケのエースの姿がある。
本当はもうひとり、ボストンのエースとも待ち合わせをしていたのだけど、生憎彼は日本での取材がいくつか入ってしまっていた。どうせなら予定ずらせよと最後までねだられたが、これまた残念なことに彼以外の三人が合う予定となるともう今日しかない。

「それにしても青峰っちは残念っスよね、せっかく黒子っちと会う機会だってゆーのに」
「ンな言うほどのことじゃねぇだろ。こいつはレアキャラか」
「概ね同意ですが大変苛立つ回答ですね火神くん」
「言いながら拳いれんなイテェ!」

黄瀬くんは何度も運の無い男っスねぇと楽しそうに言いながらボクを見る。彼は昔から、こうしてボクに執着するような言動を見せた。それが息苦しいときもあったし、それに安心したこともある。今の状況がどちらであるか、それはボクにも分からなかった。

「黄瀬くんとは、同じ日本にいてもあまり会えないですしね」
「そーぉなんスよー! やっぱ職選び間違ったかなー」
「…キミは今の仕事が天職だと思います」
「そうだな。それ以外はな」
「そ、そう?」
「接客仕事はキミが思うほど単純ではないですよ?」
「力仕事で爪割れ気にするような奴は即切られるしな」
「ふたりして何このフルボッコ!?」

火神くんとそろって前を向いたまま淡々と言えば、黄瀬くんは見慣れた涙目でふたりともひどいっスと手に持った雑誌をくしゃくしゃにした。…それを見ながら歩いているというのに、困った人だ。

ぶうぶうと文句を言うフリだけした黄瀬くんから雑誌を取り上げて、さきほどからずっとレストラン街のチラシを見ている火神くんの腕をつつく。いい加減ボクに肩が叩けない身長差になってきた。それがまぶしくもあり、腹立たしくもあった。――…彼らといると、ボクは色々なことを考える。

「火神くん、食べたいもの見つかりましたか」
「んー、あー。…あっちじゃ肉ばっか食ってっから、よくわかんねぇな」
「洋食か中華でいんじゃないっスか? 肉でバカんなった舌じゃ和食とか無理だし」
「いやバカにはなってねーよ!」
「とかいって、さっきっからコーラしか飲んでねぇのをオレは見逃してないっスよ」
「コーラの何が悪ぃんだよ」
「……黒子っち、中華にしよ。横浜近いから中華街行ってさ」
「…そうですね」

折り目の多くなった雑誌にも、おいしい中華のお店がたくさん載っていた。神奈川の高校に通っていたこともあって、黄瀬くんはそこならそれなりに案内もできるらしい。どこにしましょうかとページをめくる。

「あ、ねぇ火神っち、アレ」
「ん? …おー、懐かしいな」
「まだあったんスねー。もう何年前だろ」
「7,8年前くらいじゃねぇか」
「そっかー。もう全然ここ来ないもんね」

黄瀬くんが火神くんを呼ぶとき、ついでのように黄瀬くんはボクの肩に触れる。支えにするでも、押しのけるようでもなく。火神くんには服の袖をひっぱる程度なのに、といつも少しだけ冷えた手のひらの温度を感じながら思う。

この立ち位置になってから、もうそんな年月が経つのだ。不思議なほどボクらの縁は続いていて、年に数度とは言え、こうして同じ街を歩くのが習慣化していた。あの頃はぼんやりと、ボクらはバスケでしか繋がれないのだと思っていた。今だって確信を持ってこれだと言えるものはないけれど、それでも確かに続くものがある。

なんでもないことで考え込むのがボクの悪い癖だなとまたページをめくった。時折すれ違う通行人からあれ黄瀬くんじゃない、なんて声を聞きながら、今度は左から伸びてきた腕に頭を圧迫された。思考が中断される。重い。

「なぁ黄瀬、アレお前のポスターじゃね」
「お? …お、ほんとだ。でもアレ撮ったの結構前っスよ」
「……火神くん」
「あんなにマツゲ伸ばしてどうなんだよ。こえーだろ、逆に」
「オンナノコの化粧は妥協を許さないようにできてんスよ」
「か・が・み・くん!」
「うおっ!」

黄瀬くんを呼んだあとも置かれたままだった腕を思い切り弾き落とす。なんだよいきなりじゃないです、重いですこのバカガミが。声には出さずにじとっと睨みつける。

「ふたりとも、ボクでワンクッション置くのはなんなんですか。癖ですか」
「あ? 何が?」
「どしたんスか黒子っち、オレなんかしたっスか!?」
「……いえ。とりあえず腕は重いのでやめてくださいバ火神くん」
「オイさり気なく罵んな」

ハン、と鼻でせせら笑えば、ストレートな罵倒に反応した火神くんが手の中のチラシをぐしゃっと握りつぶした。さっきも見たような光景。その隣で黄瀬くんは急に大声を出したボクに驚いてか、不必要なほどにわたわたしていた。いつも思うが、この人は確実に動くと駄目な部類のイケメンだ。

「……黄瀬くん、位置を変わってもらえますか」
「え!? い、良いけど……黒子っち、もう怒ってないスか?」
「…怒ってません。呆れてただけです」

ため息まじりに立ち位置を入れ替える。黄瀬くんはそっかあとあからさまにほっとしたような表情をするし、火神くんに至ってはいまいち現状が伝わっていないような顔をする。慣れたといえば慣れた状況。火神のせいで黒子っちに怒られた、なんて、キミが言えた立場じゃないでしょう。

「ね、黒子っち、どこ行くか決めた?」

ボクの持っている雑誌を覗き込みながら、黄瀬くんが楽しそうに笑う。それはいいですけど、あんまりひっぱるとすっごい伸びちゃいますよ。視界の端で火神くんの服の裾をつまんだ黄瀬くんの左手に、ボクも少しだけ笑い返した。




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