「もうやだ!!」

玄関に続くドアをブチ開けて入ってきた黄瀬は、片腕で顔を隠したまま鞄をリビングに放り投げて、そのまま足音荒く自室へ入って勢いのまま思い切りドアを閉めた。驚いたオレが閉まったドアに瞬きをしている間にも、その向こうではどたんだかがしゃんだかあまり想像したくない音が響いている。

放置しておくのも気が進まなくて、とりあえず剥いていたじゃがいもをまな板の上に置いてから手を洗う。廊下に続くドアを開けて様子を窺えば、今度は壁を蹴りつけるような音がくぐもった声と重なって聞こえた。しょうがねえやつだな。慣れきったため息をひとつ。

「黄瀬」

ドアの前まで行ってそう声をかける。一瞬止まった音はそれでも長続きせず、また反対側の壁で何かが割れる音がした。黄瀬の部屋の中で割れるもんていくつあったかな、思いながらもう一度名前を呼んだ。「涼太」大声を出さなくても聞こえるだろうその声に、ガン、と応えるように打音が響く。

「怪我だけはすんなよ」

言い残してキッチンに戻る。今度は何も反応は無かった。リビングに入ってすぐ、黄瀬の鞄を拾ってソファに投げておく。今度出るらしい映画の台本やら、プライベートと仕事用で分けている携帯やら、決して軽くはないそれが何も言わずに横たわる。疲れてるよな。物言わぬ鞄にも労りを呟いた。

刻みかけだったじゃがいもを切ってしまって、牛肉と一緒に軽く炒める。そのついでに準備しておいた揚げ物に衣をつけながら調味料の準備をして……と手早く料理を進めながら、なんだかんだオレが料理上達しようと思ったのもアイツがいたからかとぼんやり思った。毎日バスケで忙しい中、同じように俳優としての仕事でへとへとになって帰ってきたアイツが、それでも嬉しそうに「今日のご飯なに?」と聞いてくるのがオレも嬉しくて。豚汁の予定だったのを変更して味付けをしている間、廊下の奥の部屋からは何の音もしなかった。




飯が炊けたり鍋が煮えたり大体の料理が終わった頃、リビングのドアがかちゃりと開いた。振り返れば、当然のことながら黄瀬が立っている。目を赤くして髪はなんだかぼさぼさで、テレビで見るイケメン俳優なんてアオリがつく男とは到底思えない。それでも、オレにとっては、これが黄瀬だった。黄瀬より先にオレが笑う。

「お帰り」
「…タダイマ。ごはん、なに」
「肉じゃがと一口ヒレカツ。お前好きだろ」
「……うん」
「服だけ着替えてこい。ソースつくと困るから」
「…わかった」

ぐしゅ、袖で鼻をこすってしまう癖はいつまで経っても治らない。アレすぐ洗濯しねえとな、思いながら肉じゃがをよそってテーブルに並べていく。裸足のままでフローリングを歩く、黄瀬のぺたぺた言う足音がなんだか今日は幼く聞こえた。

「ウーロン茶と水、どっちにする」
「…お茶がいい」
「ん。そこ座っとけ」

いつもの場所に座った黄瀬はまた袖で鼻をこすっていて、でもオレは今日だけは何も言わずにおいてやった。泣きすぎて赤くなった目がまた泣き出すのが目に見えていたからだ。並べた箸をいじりながら、「…かがみっち」小声で呼ぶその声に、「ん、」オレもなんでもない風に応えてやる。黄瀬が答えなくても、オレは別に構わなかった。

料理を出し終えて黄瀬の向かいに座る。俯いたままの黄瀬にどうぞと言えば、黄瀬はまた呟くようにではあるがいただきます、と手を合わせた。黄瀬は言葉で労うよりも、こうしていた方がずっと良い。それを、長年の付き合いで知っていた。オレも続けて手を合わせて、今日はテレビをつけないで食べ始めた。肉じゃがのじゃがいもをつついてほぐして口に入れて、黄瀬は顔をあげないままで呟いた。

「…かがみ」
「ん?」
「………すき」

その声がなんでもないようで、それでいて黄瀬はまた鼻をこすっていたから、「ん。知ってる」オレも同じようにして笑い返した。俯いた黄瀬の頭はいつも通り撫でやすくて、ごはんおいしいと囁くように言った黄瀬に明日は何を食わせてやろうかと思いながら。





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