ぺたり。ぺたり。伸ばした手がその頬に触れるたび、橙色の瞳が嬉しそうに細められる。向き合って座った空間は少しだけ空気が薄くなったような気がして、吐いた二酸化炭素をやりあうような不毛な活動に頭がくらくらした。内側から侵されていくような感覚。外側で触れられたことのない皮膚はおそらく一部もないだろう。その色を取り返すように、触れる。テーピングのとれた指先は感触を繊細に感じ取る。蒸発してしまいそうなほどの、熱。
「みどりま、」
慣れない音が耳の全てから伝い響く。上から重ねられることの無い掌が、それでも離れることが出来ない。緑間。確かに自分自身の名であるはずのそれ。まるでその声から具現したような自分。求められるままに唇を重ね、吐息すらも分け合ってのみこむ。
「真太郎」
掠れた声が耳に落ちる。奴が着たままだった制服の袖の感触が素肌に擦れて消えていく。伸ばす手は頬に触れ、伸ばされた手はオレの喉元から鎖骨をたどっていった。ざわざわと怯えにも似た感情がわきあがる。下から上。奥から表面へ。
もどかしくてこくりと唾をのみこめば、距離の無いすぐ傍でくつりと笑う気配があった。熱が混ざり合う。おは朝の天気予報では今夜は熱帯夜だと言っていた。アナウンサーの着ていた色鮮やかな薄桃色を思い出す。これからもっと赤く熟れていくような、今触れている男の熱情を隠すような。あれは何色というんだろうか、思った思考は首筋を走る痛みに唐突に帰り来る。
「…いま何考えてた」
「……なんでもないのだよ」
「真太郎」
「オマエこそ、痕をつけるな」
「…往生際が悪いな」
いつにも増してと、少し不機嫌そうにまた噛みつかれた。それがフリだと分かっている。わざと拒否するようにして顔を押さえ退けて、何か言われる前にあぐ、と鼻先に噛みついた。痕を残さないためにすぐ離れて軽く舐めあげる。いつかの奴のマネをして、瞼に唇を落として眼球を舐めてみた。何の味もしない。柔らかいそれになぜだかぞくりとして、誤魔化すようにして頬にも噛みついてみた。堪えきれなくなったように高尾が笑う。
「真太郎、猫みてぇ」
「…オマエのマネをしただけなのだよ」
「オレいっつもそんなに猫っぽい?」
「猫ほど生易しくは無いがな」
「物騒な言い方すんなぁ」
へらへらと気の抜ける顔で言う。それでも瞳の光は鋭く刺さるよう。噛みつくようなキスは奴の得意とするところだ。猛禽類の二つ名を持つ奴には相応しいほどの。
真正面から肩を押されて、特に抵抗することもなく後ろへ倒れこむ。枕の上に頭と一緒に眼鏡がぽすりと落ちる。この瞬間はいつも手際に感心する他ない。覗き込む瞳の奥に火が灯る。綺麗だと、素直に思った。そのずっと奥に何を隠してる。先ほどまで自由であったはずの両手は絡めとられて、視線すらもその瞳から逸らせない。
「…猛禽類め」
「ふはっ。草食系でもねぇ癖に」
「たかお、」
「なあ。真太郎」
細められた炎が情欲に濡れる。うっそりと笑む顔は確かに捕食者のそれだ。迷いなく迫る、唇が触れるほどの距離で。
「…ほんとに食べちまおうか」
賽は投げられた
(カウントダウンはすぐそこに)