連れてこられたお屋敷は、住んでいる小屋のあるお屋敷よりももっとおおきな場所だった。てっぺんに鳥の置物がある。門をくぐってすぐ、黒いふくの人たちが待っていた。数はわからない。小屋からずっとついてくれていた人と何か話をして、黒いふくの人たちに何かをわたす。慣れない服がさむいな、と思った。慣れている服があたたかいかといえば、全然そんなことはなかったけれど。

「――おい」

呼ばれた声に胸がいたむ。見上げた顔は光でよく見えなくて、それでもはい、と返事をする。自分の真ん中がいきたいとなきごえをあげるような。黒いふくの人にじろじろと見られて、その人はそうだなとうなずいた。その声が冷たくはなかったので、今日もいきられたと安心する。一歩前に出て、ただ深く頭を下げた。









「今日はこの屋敷で過ごしてもらう。主上に粗相は一切するな。お前はただの人形だ。分かったな」
「はい」
「…ったく、主上の悪趣味にはついていけねぇや」

何か呟きながら前を歩く、黒いふくの人の背中を見ながらついていく。入ったことのないお屋敷のなかでも、まわりを見ることはしなかった。何があると知ったところでなんの意味もないからだ。自由に歩ける場所はきっとあの小屋の檻くらいしかない。

黒いふくの人が大きなとびらをたたく。入っていく背中に隠れるようにして、後ろで閉まるとびらの音をいたいほどに聞いていた。

「主上」
「…ああ。着いたか」
「へい。他に要りようは」
「何もない。お前も下がっておいで」
「了解」

部屋のなかは少しだけ暗かった。黒いふくの人が「しゅじょう」と呼ぶ、その人の顔もあまり見えない。それでもかまわなかった。どうせ誰がいてもおなじだ。どんな顔をしていたっておなじだ。ただ、せまい部屋でなくてよかったと息をはく。とてもひろい。お金をたくさん持っているひとの部屋だ。もしかしたら、うまくやれば、ご飯がもらえるかもしれない。

おいで、のばされた手に素直にうなずいた。近づいても顔はよくわからない。触った手がとても冷たかった。その手が顔と手に触って、それからぽんぽんとたたくようにして体に触る。ぼんやりと見えた目をじっと見つめた。しゅじょうは優しそうな目をしていた。ときたまご飯をくれたりぎゅっとしてくれたり、今まででちょっとだけいた人たちみたいな、優しそうな目をしていた。

「お前、綺麗な目をしているね」
「ありがとうございます、しゅじょう」
「うん。素直で頭も良さそうだ」

なでるような手もあまりいやだと思わなくて、きょうはそんなに悪い日でもないかもしれない、そう思ってちょっとだけわらってみた。しゅじょうも同じようにわらってくれる。うん、と返してくれたしゅじょうは、腕のあたりをちょっと触ってからぎゅっと握る。大きい手だなと思った。しゅじょうの声は、それまでと何ら変わりなく。

「お前は、快楽と痛みのどちらが得意かな?」

ぱち。聞かれた意味がよくわからなくて、しゅじょうを見返して首を傾げる――その、なにも意識していない手のひらに。

「――!!!」
「ああ、良い表情だ。声も出してご覧」
「ぃ、あ――ぅ、ぁああ!!」
「そう…上手だね」

とっさに握ることも出来なかった手のひらは、今はしゅじょうのいすの手置きに打ち付けられていた。頭をつきぬけるようないたみは、このぎんいろの、細長い、――くぎ。

目の前がまっしろになった、かと思えばちかちかとまたたくようにしゅじょうの手と腕とその向こうに天井が見えた。傷ももようもひとつもない深いあかいろの天井。こぼれおちる血のような色。

「奴隷にしては綺麗な手をしている。…その割に、爪の手入れはしていないようだね」

息をするだけでせいいっぱいで、手のひらにささったくぎがどこか現実ではないようなそんな気がしてきていた。「大事にしないなら捨ててしまおうか」――噛むくせのあったがたがたのそれをためらいなくはがされて、今度こそ息がつまった。手のまんなかとぴんくいろのにくから血がながれる。これはなに。いたい。くるしい。いたい。こわい。

「…新しいお前は、さて何本まで耐えられるかな?」

反対側の手にも同じようにくぎがつきささった。人とは思えないちからで手のひらにくぎをさす、しゅじょうは変わらない笑顔のままだった。



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