深い藍色に晴れた真夜中のことだった。

星空を眺めながら酒でも飲むかと部屋を抜け出して甲板に出た。星の瞬きが音になって届きそうな満天の夜空。星は嫌いではなかった。あの右腕に言わせれば星はどこまでも遠くおれたちには一生かかっても届かないものらしいが、おれにとっては今見えるあの光だけで充分だ。星はおれの手の中にある。

かたり、小さく響く音が落ちた。誰もいないはずのそこで、不意に揺れる影。片手の酒がぱちゃりと跳ねる。ただでさえ小さいその体を、闇にかき消すように膝を抱えて。

「……眠れないのか」

シャチ。名前を呼んでも反応しない。腕と帽子の間からかろうじてのぞくその隙間から、澄んだ鳶色が水平線を見つめていた。

息をはいてその隣に立つ。気温は北の海生まれのおれからすれば過ごしやすい程度で、おそらくシャチにとっても同じようなものだろう。構うなと飽くほどに言われている。着ている服に余剰もない。声をかけることもなく、空気の揺れで瞬く星を眺めていた。

海から来た背中は、いつまで経ってもその氷を決壊させることはなかった。触れるな介するなと真っ向から睨む。ペンギンは性根のせいか何かと世話をやいているようだったが、他のクルーには評判が悪かった。ベポにはよく甘えているようだ。それが良きにしろ、悪しきにしろ。

「船長」

ほたり。音もなく滴る雫のような、少しだけ高いシャチの声。

無用な会話を好む質ではない。視線をやっても見えるのは影がおりる薄緑だけ、手すりに肘をつくとその横顔がもう少しだけ見えた。気づいたのは雫の通った光。男の割に長い睫毛を彩るようにきらきらと。瞬きの間に消えてしまいそうなほどの小さな瞳の奥に、夜空をうつしたような海が佇んでいる。

ずるずると同じように座り込む。風もなくしんと落ちるような夜の帳だった。小さな頭を少しだけひくと、何の抵抗もなく肩にこつり、おさまって。

海が遠いんだ。どこか絶望的にも聞こえるその声に、もうおれは頷きすらも返せなかった。
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