とある海域で出会った侵入者は、なんでもない日常に溶け込むように現れた。




「…あれ?」
「どしたのキャス」
「皿が足りない気がする」

食堂のソファで食前のコーヒーを飲んでいたら、キャスケットが鍋を片手に不思議そうな顔で首をかしげた。ベポが皿を数える声を聞きながらぼんやりと眺める。隣でペンギンがぺら、と本をめくった。

「うんと…確かにそうかも?」
「さっき全部並べたときはあったと思ったんだけどなー…誰か先に食ってる?」
「それはないよ、キャプテンがまだ良いって言ってないもん」
「だよなあ」

食事のタイミングはおれが決めると定めているわけではないが、全員で集まるときには全員がそろってからと誰からでもなく決まっていた。食事を担当しているキャスケットがばたばたと動き回ってる間に食い始めるのはおれの気分が良くなかったし、誰かが作業中に大多数で食い始めるというのもなんだか気に入らなかった。だから結果的におれが音頭をとる、ただそれだけの話だ。

「サラワー、さっきおいた煮つけの皿って数合ってたよなあ」
「煮つけのですか? そうですね、僕が並べたときには全部ありました」
「人数分しか無いし足りないわけないんだけどな…誰か割って秘密にしてるとか? 何それおれ許せない」
「料理人さんどうどう」
「…ねえキャス、フォークも足りないみたいだけど」
「はぁ!?」

キッチンから戻ってきたサラワも加わって、キャスケットの慌てぶりというかちょっとした怒りのようなものが噴出しかける。感情が豊かなやつは見ていて面白い。料理やキッチン周りに関してだけは不可侵だと言い切るほど、あいつの料理人としてのプライドは高い。

「…なんだか騒がしいな」
「今更気づいたのか、ペンギン」

こんな面白いこと、ふと顔をあげて眉をひそめたペンギンに指先だけで示してやる。視線をやったペンギンも戸惑いと笑いの間で苦笑した。

あるだけの皿にスープを分け終わったキャスケットは鍋を戻しに行って、そこで確認したらしく「そんなにフォークないんだけど!」とまた足音高く戻ってくる。ベポがなだめても納得いかないとテーブルの上を指でたどっていて、サラワは横で「不思議ですねー」と困ったように笑っていた。

備品が足りないなら買い足せばいい気もするがとソファに寄りかかる。面白いことは少しでも長く眺めていたい。この程度のことならば、クルーが困るのは見ていて楽しい。もっと困らせてやりたくなる。笑ってしまうのをこらえて口元に手をあてたとき、横に座っているペンギンが目の前のテーブルを爪でこつ、と叩いた。視線を向ける。

(――…誰かいるぞ)

口元の動きだけで告げられた言葉。無意識に側にあった刀に手を触れた。…誘導された視線の、先。


「――おいコラ」
「んあ?」

気づいたときには思いっきり刀をぶん投げていた。「うおっ!!?」投げたそれは狙いの人間の横っ面をかすり、向こう側の壁にぶち当たって落ちる。集まっていたクルーが何事かと目をやるその中心、フォークを握って口いっぱいに肉をほおばっている、

「何食ってんだテメェは」
「あ、どうもお邪魔してます。うまそうな匂いにつられてやってきました」
「そういうことを聞いてるんじゃねェよ」
「おれの名はエース、以後よろしくな! とりあえずお代わり」
「誰がやるか」

手元にあった本をガッと掴んだら、予測していたらしいペンギンにその上から掴まれた。離せと睨むも本を投げるんじゃないと睨み返される。面倒くせェ。刀を投げちまったのは失態だった。

「くれねーのかよー。ケチ」
「おれはおれのモンを他のやつにくれてやるほど心広くねェ」
「お? てことはお前船長か」
「当然」
「なるほどなー。てことでお代わりください」
「人の話を聞かねェか」

戸惑うばかりのキャスケットに向かって皿を差し出したそいつに、今度こそ本をぶん投げた。ペンギンの手もどかされている。話が分かる、さすがおれの右腕。

投げた本はそいつの体を通り抜けて、刀と同じ末路をたどった。悪くなってなきゃいいが、本が通過したそこが燃え上がるのを見て舌打ちをする。楽しそうに笑う男と少しだけ怯えたようなおれのクルー。興味と苛立ちの半々程度。

「…そうほいほいと他船に侵入するのはよくねェんじゃねェのか? 白ひげ海賊団2番隊隊長、火拳のエース」
「ん、アンタおれのこと知ってんのか。オヤジの知り合い……には見えねえな、まだ若そうだし」
「そんなコネはいらねェよ。おれはおれの好きなようにやる」
「へぇ、」

いつの間にかいなくなっていたペンギンが、投げたはずの刀を拾っておれの隣に戻ってくる。挑発するように燃え上がる火拳。出した右手に柄が触れる、引き抜いて火拳につきつけた。

「やるっつーんなら、おれだって手加減しねぇよ?」
「上等だ」

掲げた左手にリングを生む。火拳がくわえたフォークを放って、指先から突如として炎に変わる。生じる熱。きん、刀が静かに声をあげて、


「――ストップ!!!!」


踏み出そうとしたその一瞬、誰かの声が響き渡った。遅れて判じる、キャスケットの声だ。火拳もおれと同じくして動きをとめた、その頭に向かって掲げられた鈍色。その全ての銃口が火拳に向く。…おれを真っ直ぐに見るのは、緋色に染まった瞳。

「――…それ以上は、おれたちがやります。船長」

部屋中のクルーが拳銃を持つ。ベポとペンギンがおれを庇うように立つ。"敵"の最も近くで銃を持つのがキャスケットだ。サラワやオウギも同じように。……小さく、息をはいた。

「……悪かった。銃をおろせ」

全員だ、刀を下げながらそう言えば、クルーたちは躊躇いもなく銃をおろした。ペンギンがおれの手から刀を奪って鞘に収める。お前が持ってきた癖に。中央に立つ火拳はそれを見て、楽しそうに肩をすくめた。…今回はおれが悪かったなと、もう一度思った。

「アンタ、船長なのに喧嘩っ早いんだな」
「余計な世話だ」
「コックの飯もうめえし、アンタら丸ごとうちに勧誘したいくれぇだ!」
「…おれのクルーはおれのモン以外じゃ有り得ねェよ」
「そっかそっか。残念」

火拳は椅子からぽんと降りて、そのまま食堂で一番大きな窓の近くまで歩いて行く。窓枠に足をかける、その数メートル手前まで距離をつめた。

「じゃあ、お邪魔しました。ちょっかい出して悪かったな」
「二度と来んなよ、面倒くせェ」
「そうそう会うこともねぇと思うけど……そんなつれないこと言うなよな」
「知らねェよさっさと帰れ」
「帰るけどよー。あ、ごちそうさまでした!」

言うなり背中から海に落ちていった。うわ、と後ろで声があがったが、続いて何かの機械音がしたのをきっかけに、またざわざわと食堂に活気が戻っていく。何しに来たんだと眉をひそめるのもそこそこに、何かでぽん、と肩を叩かれた。目をやれば、そこには困ったように笑って肩をあげる右腕がいて。

「お疲れ」
「……まあな」
「何しに来たんだろうな、火拳のやつ。白ひげの本隊は今新世界にいるらしいが」
「一人でふらふらすんのが好きなだけだろ。金輪際関わりたくねェ」
「キャスケットに絡んでたのがそんなに気にくわないのか?」
「あいつもお前もおれのモンだ。当然だろ」
「はは、はいはい」

サラワやオウギが椅子やらを並べ直して、他のクルーが食事の続きを作り出すその場におれも戻っていく。もう本投げるなよと冗談交じりなペンギンの声に、お前もなと返すことも忘れずに。
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