「見事な手際だな、ドクターチョッパー」

顔をあげたおれに手をあげてみせたのは、ルフィの友達だという外科医の人間。

「う、うるせーなばかやろーほめたってなんもでねぇぞ!」
「見返りを求めて言ったわけじゃねェが。ここ、邪魔する」
「! 座るんだったら何か敷いた方がいい。えと、…あ、これ、おれのだけど敷いていいから」

横に置いておいた少し薄めの敷布をすすめれば、外科医は予想よりも素直にどうも、と受け取ってその上に座った。見た限りでは細いし隈もあるし顔色も悪くて、うちの船だったらすぐに治療ベッド行きだ。それでも問題はなさそうにおれの手元を見る。それがふつう、ってことなんだろうか。

「…お前、さむくないか? 何か飲むか?」
「…いや。気遣いはいらねェよ」
「でも、冷えるから。風邪ひいちゃうぞ」
「おれは邪魔をしているか、ドクターチョッパー」
「う、ううん!」

無表情に問われたそれにぶんぶんと首を振る。気を遣おうと思ったそれが相手には良くないみたいだったので、おれも薬を削りながら口を閉じた。わるいことしたかな。少しだけ思う。彼の肩口に構えた刀がちゃり、と音をたてても、なぜかおれはそれを怖いと思わなかった。

「…ドクターチョッパー」
「うん? なんだ?」
「故郷は、ドラムだと聞いてる。間違いないか」
「そうだぞ。おれの故郷はドラムだ」
「ドクターくれはに聞き覚えはないか?」
「ドクトリーヌ?」

返した音が違ったせいで外科医は少し目を開く。おれが続けて、ドクトリーヌがおれの医者の先生だと言うと、納得したようにまた表情を戻した。

「ドクターくれはに学んだ技術が、それか」
「おう! でも、おれを育ててくれたのは違う医者だけどな。ドクターヒルルクっていう」
「ヒルルク?」
「やぶ医者だったって、みんな言う。でも、おれにとっては育ての親で、名付け親で、かけがえのないたったひとりの家族だった」
「…だった、か」

外科医は呟いて、それ以上何かを聞いてこようとはしなかった。おれはそれがなんだか寂しくて、聞かれてもいないのにドクターの話をたくさんした。きっと外科医はドクトリーヌのことが聞きたかったんだろうけど、おれにとってはドクターも、大事な大事な記憶だったから。

ドクターの話をし終わると、部屋には沈黙が訪れた。おれが葉を削る音だけが響く。外科医はそれを、飽きもせず見つめていた。つまらなくないのかな、と思うけど、何も言わないならそれでいい。ルフィはそういう船長だった。外科医も船長だから、きっと気にしないんだろう。

おれをドクターと呼ぶそいつを、おれもドクターと呼んでみた。

「ドクタートラファルガー、おれな、」
「待て」

振り向いて話しかけたそれは、男にしては細すぎる手のひらで止められた。反射的に口を閉じる。

「…おれはドクターじゃねェ。普通でいい」
「…でも、お前も医者なんだろ? ルフィが言ってた」
「…麦わら屋の話は半分に聞け。おれは医者だが、ドクターじゃない」
「どう違うんだ?」

手のひらをゆっくりと降ろす。その動作もなんだかぎこちなくて、おれはますます困惑した。外科医がぎゅっと刀を握る。おれは、というその声が、おれの耳に響いて落ちる。

「ドクターという生物は、誰かの祈りを受けるものだと思っている。救ってほしい、死なせないでほしい、そういう祈りを」
「…お前だって、」
「おれは、誰かの祈りには応えない。おれのクルーのためならいくらでも時間を費やして全力で救う、興味のある人物なら貸しを作ってやるつもりで命は救う。だがそれだけだ」
「命を救うなら、同じじゃないのか?」
「例え目の前に幼い子供が死にかけていても、おれの興味を惹かないものにおれは手を触れない」

心臓が、跳ねた。淡々と言う外科医の声が怖かった。ルフィは目の前に誰がいようと、それこそ目の前にいなくても、その全部を救いたいと大声で叫ぶような人だ。傲慢だという声もある。でも、ルフィなら出来ると信じるから、おれはルフィについていく。傷ついたならおれが治す。そのためにいる。

でも外科医は、そうじゃないと言う。クルーと興味のためだけだと言う。

「おれは善意で医療をしているわけじゃねェ。おれにとって救う価値があると思うから、目の前にある命くらいは救っておこうと思うだけだ」

ドクターなんて柄じゃねェよ。心底つまらなそうに、自嘲するように外科医は言う。おれはその顔を見ながら、どうしてか、ドクトリーヌのことを思い出していた。ああ、と思う。彼は一緒なんだ。おれに医療を教えてくれた、あの人に。

「…お前は、生きてる人間が好きなんだな」

思わずこぼれた言葉に、外科医は驚いたような顔をした。それから、一度視線をそらす。困ったように笑う。おれが思ったよりもずっと、表情が分かりやすいやつだ。


「…そう見えるか?」
「う、んと……外見は見えねえなぁ…」
「……ふはっ」

クク、喉を鳴らして笑う。外科医は「正直だな、ドクターチョッパー」細い足ですっと立ち上がって、二歩で縮まる距離を一歩だけおれに近寄った。座っている方が目線が近いけど、それでも長身だと感じた。不思議な雰囲気の男。ルフィとは全然違ういきもの。

「…話ができて良かった。邪魔して悪かったな」
「ううん、おれは全然…あ、なあ!」
「ん?」

扉に手をかけた外科医を慌てて追う。外科医はおれの目線に合わせてか、膝をついて正面で向き合ってくれた。その気遣いが嬉しくもくすぐったい。おれは勇気を出して、外科医に右手を差し出した。真っ直ぐに目を見て。

「おれ、トニートニー・チョッパー。麦わらの一味の、船医をしてる。よろしくな!」

やっぱり初めましてはここからだろ、そう言って笑う。外科医はおれをまるで珍種か何かのようにまじまじと見て、それから自分自身の手を同じように見た。おれ失敗したかな。いやでも、ルフィならきっとこうするはずだ。多分。この時間が胸に痛い。

「…トラファルガー・ローだ。ハートの海賊団の船長兼外科医」

謝ろうかと迷ったその時、差し出した手に外科医の少しだけ冷えた手のひらが触れた。きゅ、と握りあってすぐ離れる。おれの胸はすぐ嬉しさでいっぱいになって、外科医がまた困った風に笑うのも構わずに「おう! よろしくな!!」といっぱいの笑顔で答えた。

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