自らの歩いてきた道に間違いがないと確信できる今が、これからもおれの未来をいつまでも支えていく。








新たに始まった年の、初めての夜がやってきた。といっても色事には何も関わりはない。おれは騒ぎ疲れて床に落ちている船員たちの間をぬいながら、空いた皿を流しに積んだり残ったつまみをまとめて冷蔵室に放り込んだりしていた。おれに出来る料理場の雑事などこの程度だ。

テーブルの上をきれいにした後は倉庫から毛布を持ってきて、呼吸や人数を数えながらそれぞれにかけていく。キャスケット、ベポ、オウギ、コハリ…誰もがどことなく幸せそうな表情で眠り込んでいる。ロナは宴の中盤で自室に戻っていた。どたばたとはしゃぎまわる仲間たちを見ているのは、おれ自身にとっても幸せだった。おれの見たかった景色は、今確かにここにある。

宴の間に飲み足りなかった酒瓶を片手に、ゆっくりな歩みで甲板に出た。すぐに見えたのはゆるやかに更けていく夜だ。今は船を島に着けているため、おれもこうしてのんびりと空を見ていられる。常に海の動きに気を向けている者としては、こんな時間も悪くなかった。海を見続けて船を導く時間も、当然のことながら悪くはないのだが。

「――考えごとか、秀才」

こつり、手すりに酒瓶をあてるのと同じタイミングで、いつの間にかいたのだろう人影から声がかけられた。振り向かないままに笑う。

「なんでもないさ。跡取り」
「…ククッ。その呼び方も懐かしいな」
「年をとったと言うにはまだ早いんじゃないのか?」

小馬鹿にするような言い方をわざと選んで、酒瓶でも投げつけてやろうかとその姿を視界にうつす。肘を手すりに乗せて見た、いつも通りの姿にもう一人寄り添う影がいることに気づいた。それまで全く気配を感じさせなかった影。

「サラワ。いたのか…っ、これは失礼いたしました、船長」
「ははっ、――…今更気にしてんじゃねェよ。おれもそのつもりで声をかけたんだ」
「…ですが」
「おれが構わねェと言ってんだよ。そうだろ? サラワ」
「――主上のご随意に」

薄く笑ったままで声を発しないままだったサラワが、ローの問いかけに緩やかに会釈してそう答える。「…ああ、」どこかしてやったりとでも言いたげなローの表情。そういうことならと、おれも同じように笑みを返した。おれとサラワの間にそれ以上の会話は無く、視線が合うことも無かった。隣に座り込んだローにつき従うように正座する。髪をひかれて耳元に何か落とされた、その声にサラワも嬉しそうに笑う。

「あいつらは」
「ロナは自室、他は食堂に落ちてる」
「…風邪ひくんじゃねェか?」
「毛布はかけてきた。そのうち起きだして戻るだろう。そこまで馬鹿だとは思わないが」
「それをやるから馬鹿だっつうんだよ」
「…お前だって、この寒空にその薄着で。風邪ひくぞ」
「おれたちの故郷にとっちゃこれが普段着だろ。もうモーロクしたか」
「今すぐ海に沈めていいか」
「無礼講ってか?」

冗談言えよ、持っていた酒瓶を挑発するようにさらわれて、その中身がぐいぐいと減っていくのをため息まじりに眺めた。おれの取って置きだったのにな、とは言わない。ほらよ、の一言と一緒に帰ってきた酒瓶は、感覚的にきっちり半分減って戻ってくる。同じように口をつけた。その酒はおそらく、思っていたよりもずっとうまい。

機嫌よく酒を飲むローは、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で刀の柄を指先でたどった。自分で持っていたのだろう瓶から、また酒をあおって飲む。食事も大量に取ったりぱったりと取らなくなったりと不規則な体によくアルコールを流し込めると感嘆でもしてやりたいくらいだ。当然嫌味的な意味で。

ローがまたサラワの横髪をひく。その動作はどこか甘さを漂わせた。サラワの耳元でささやいて、それにサラワが照れくさそうに笑う。会話がひとつも聞こえなくても、そこに流れるつながりは確かにおれの目にうつる。

眺めながら酒をちびちびとやっていたら、ローが不意にポケットから小さな盃を取り出した。いつか見たような、懐かしい盃。おれが目を瞬かせるその間に、サラワが小さな声で旋律を奏でだした。穏やかに流れる夜想曲。

「――乾杯しようぜ、相棒。おれたちの新年と、これからの未来に」
「…ああ」

お互いの瓶からお互いの盃へ、色も味も全く違う酒を注ぐ。掲げた盃、ローの瞳に月がうつる。

重なった盃の影に夜の帳、しんしんと積もる未来が確かに今、ここにあった。








(――始まりの歌が、今。)
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テーマ「人外ファンタジー」
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