「船長、何か飲みものとかいりませんか!」
「いらねェ」
「……お腹もすいてません?」
「いい」

座って本を読みふけるローの前、キャスケットがちょろちょろと動きまわっては同じようなことを何回も尋ねている。おれはその光景を部屋の向かいにあるソファに座って眺めながら、手元の読んでもいないページを意味もなくめくった。

「船長っておやつ食べたりします?」
「たまにはな」
「……船長、甘いもの好きですか」
「特に」
「船長って好きな食べ物ありますか?」
「薄味のもん。パスタとか」
「おれ今度作りますね!!」
「期待してる」

本を読んでページをめくる、ローのことだから本の内容もきちんと頭に入っていることだろう。キャスケットがうろちょろしてもあまり身のない質問をしても、邪険にすることなく対応している。読書中はあまり邪魔をするなと何度も言われたことがあるから、おれは少し意外だった。
ローでもあんな風になるときがあるんだな。キャスケットが好意全開で関わっていることもあるだろうが、それは随分と微笑ましいことだった。

「船長、その本こないだも読んでましたよね」
「よく覚えてるな」
「背表紙の色が独特なんで! 面白いですか?」
「まァそれなりに。参考になる」
「薬のちょーごーとか、そういうのに?」
「そう」
「船長はすずつ以外も得意なんですね!」
「手術な。しゅじゅつ」
「す……すづ、しゅ、しゅじゅちゅ」
「舌が短いんだろ。練習しとけ」
「あ、あい」

滑舌の悪さを指摘されて、ごーんというかずーんというか、そんな音でもしそうなほどに気落ちしている。影を背負った背中がどんよりと、その向こうでぶつぶつ呟く声が落ちる。すずつ。律儀と言うのか、素直と言うのか。はたまた真っ直ぐ馬鹿というのか。

本を読み終えたらしいローがぱたりとそれを閉じ、椅子の真下できのこでも植えだしそうなキャスケットを認めて口元を手で覆った。絶対に笑ってる顔だ。悪趣味と思いつつ見ていれば、おれの視線に気づいてこちらを見る。「"こいつ面白ェな"」含み笑いすら漏れだしそうな目が無言で伝えてくる。「"……ほどほどにしてやれ"」おれがキャスケットにできるフォローなどこの程度しかない。

「おい、キャスケット」
「あい。……! アイ、船長!!」
「本読んだら少し腹が減った。さっき何か言ってたよな」
「あ! え、えっと、その……おれが植えたイチゴがとれたんで、その、タルト作って」
「へえ」
「船長に食べてほしいなって思ったんですけど。でも、甘いの好きじゃないって言うなら、後でベポたちと食べます」
「持ってこいよ」
「へ?」

しどろもどろに答えるキャスケットをこれまた楽しそうに見ながら、ローは目の前のテーブルを細い指先でこんこん、叩く。一瞬呆けたように固まったキャスケットが、今度は爆発でもしそうなほどに真っ赤に染まる。そんなに照れることか。こっちまで恥ずかしくなるだろう。

「え、で、で、でも」
「でももだってもねェよ。あるんだろ? おれの分」
「あります、けど」
「お茶の準備してこい。おれと…そうだな、ペンギンとお前と。三人分」
「!!」

なるべく気配を消していようとしたおれの心遣いは完全に無視されたらしい。キャスケットが今気づいたと言わんばかりに背後のおれとローを交互に見て、自分のツナギの胸元をぎゅうっと握った。ローの目は先程と変わらない。

「一緒に食うだろ、キャスケット」

足元に犬のように座ったキャスケットの頭に、ローの手のひらがぽん、と乗る。キャスケットが乗船してからよく見られるようになったローの癖。「はい!! 船長!!」眩しいくらいの笑顔でばたばたと部屋を出て行ったキャスケットの背中を見送って、今度こそローがくすくすと笑いだした。あの笑いは心底楽しんでいるときの声だ。

「あいつ、面白ェなァ」
「……からかって遊ぶなよ。悪趣味だぞ」
「からかってなんかねェさ。分かるだろ、ペンギン」

嫌な言い方をする。長い付き合いの中で悟った、こいつは人の知りたくもない意識に触れるのが本当に得意だ。それに抗う術などない。わざとらしく足を組み替えたその動作に、持っているのが本でなければ投げつけてやりたいと心底思う。「お前も昔はあのくらいカワイイもんだったけどな」過去を脚色して人をからかうネタにする奴は殴っても構わないという法律はないものだろうか。ここが海の上でおれたちが無法者で目の前のこいつが船長であっておれが尊敬の念を抱いているという点を除けば、おれはこいつを殴る権利があると確信できるのに。

「あいつもきっと、お前みたいに強かになるんだろうな」

そう笑って言うローの表情が何よりも柔らかいことを、一番喜びとして感じているのは、きっとおれ自身だったから。





TITLE:宵闇の祷り
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