※グロ表現注意






囲まれて追われて、気づけば袋小路にシャチとふたりで佇んでいた。とはいっても周囲には気配が二十と少し。逃げ切れるかと思案するおれの横で、同じツナギを着たシャチは買い物袋の中身をじっと見つめている。

チンピラだか海賊だかなんだか知らないが、突然おれたちに目をつけた野郎共はそれぞれにナイフやら銃やらを持って下品ににやにやと笑っている。慣れたものではあるが気分は悪い。その中でも飛びぬけて下品な人間性を醸し出す男が一歩、前に出る。

「その服、……見たところトラファルガーの船の野郎だな?」
「…うちの船長が有名なようで何よりだ」
「ビビってんなよ、下っ端が」
「悪名高いっつーのは、逆に言えば運が悪ぃってことだよなァ」
「下っ端も同じ危険に晒されてるってワケだよ。まァ、雑魚の一匹や二匹、死んだってお前らの船長は構いやしねェだろうけどなァ!!」

取り巻きまでもがぎゃあぎゃあと喚きだす。罵倒されることも排斥されることも慣れている、それが海賊という旗を揚げる意味だった。どうにか時間をかけずに帰りたい。ツナギの内側に入れていた銃を持って構える、――それよりも前に、おれの視界からシャチの姿が消えた。

「――シャ、」

撃たれたか捕まったか、息をのんで振り返った先、シャチの手を離れた袋がゆっくりと落ちて地面に横たわった。零れたのはりんごで、その赤い実自身も赤に濡れている。シャチに持たせていた袋には何が入っていた。果物と、少しの薬と、それから――果物ナイフ。

「ぎゃあああっ!!」

耳に叩き込むような悲鳴は一番最初に聞いた男のものだった。はっと気づいて目をやれば、集団の真ん中でくずおれるように膝をつく男がいる。その首には細身の短刀が突き刺さっていた。見慣れた持ち手。それはシャチが、好きなように使えと船長からもらっていた短刀のひとつだった。

「なんだこいつッ、速い!」
「油断すんな!! ナイフを持ってる!!」
「とにかく撃て!! ブチ殺せ!!」

野郎共の間を駆け、銃弾や切っ先を躱し、肩に乗り背を盾にして次々と数を減らしていく。どこにしまいこんでいたのかこれも次から次へと出てくる短刀は、敵の急所を的確についていった。シャチが医療技術を学びだしたのはごく最近だ。それならばあれは、シャチが元から本能的に知っているということになる。野生の本能は逃れられない。空を背にして飛び上がるシャチは、大空を泳いでいるようにも見えた。

ナイフがきれて一歩下がり、大刀を持った男が勢いよく斬りかかってきても、シャチはその軌跡を難なく避けて跳躍する。柔らかい動きで男の肩に着地する。とても軽い動作。ニタァと笑うシャチの牙は、人間のそれとは比べ物にならないくらい鋭利に光る。「――ひ、」その悲鳴さえも完膚なきまでに。

噛みついて肉を抉るその瞬間、残りのうちの数人が襲い掛かる。おれは動かなかった。動いたところで意味などない。シャチの牙は肩口をごっそりと抉り切りながら、ぶちぶちと鈍く裂けていくそれをひき千切るように位置を変える。痛みとショックで気絶状態にある男の背中を、仲間であるはずの刃が深く裂く。血が噴き出る。斬りかかった方が驚いたような表情で、それも一瞬で赤に染まった。――シャチの牙は骨さえも抉る。

そうして敵のほとんどが肉塊になろうとしているのを横目に、おれは慎重に袋を拾って後ろに下がる。足元に置いた。時刻は予定よりも半時ほど遅いくらい、声もなく殺戮にわらうシャチをおれは連れて帰らなければならない。腕の一本は覚悟するべきか。つばを飲み込む。目の前の惨状はそれでも確実に終わりに近づいていた。

最後の男の喉を引き裂いて、残った肉を吐き出した口を袖でぬぐう。シャチにとって牙は武器だ。最高にして唯一といってもいい。その武器をねっとりと舐めあげて、その場にゆらりと立った。足元の男を踏みつける。――前触れもなく男の腕をひねりあげ――思い切り、関節から千切りとった。男の断末魔がかすれきって尚、響く。

「――…シャチ、」

興味がなさそうな顔をしながら、自分の目の前でふらふらと揺らす。袖で拭っても拭いきれない赤に染まった、その表情はサングラスでよく見えない。牙から舐めとった赤を、シャチがこくりと飲み込んだ。――笑う。

「シャチ!!」

使われてない方の腕を掴みあげ、後の一歩で男の腕を叩き落とした。残った手のひらもシャチの牙から奪い取る。地面に投げ捨てて、無感情に見返してくる瞳を睨みつけた。いざとなったら、一発くらい叩いてやるつもりで。

「……別に狂ったわけじゃないよ」

瞳の真ん中に、ゆっくりと感情が戻る。思ったよりもしっかりとした声で反応があったことに安心して、おれもゆっくりと手を放した。どうも、形だけとはいえ律儀に礼を言われる。頷き返せば、シャチは口の中にたまった血を地面に吐き出して息を吐いた。

「…でも、最後のはやりすぎだ」
「ごめん。ちょっといい匂いだなって、思っただけ」
「……シャチ」
「ほんとに。……確かに、ペンギンがいるの、忘れるくらいには夢中になったけど」

また口を拭おうとして、その袖がもうどろどろになっていることに、シャチは初めて気づいたようだった。買ったばかりの布を水にぬらして渡してやる。シャチは今度はもう少しマシな表情と声で、どうも、と同じ言葉で言った。

どうにもならないツナギはともかく、顔だけはどうにか元の通りに戻して、もう一度袋を抱えさせた。両方持ってやりたかったがおれの両手もすでにいっぱいだ。大人しく袋を持ったシャチは、少しだけ俯いて、それからちょっとだけ見上げるようにしておれの顔を見た。

「…船長が」
「ん?」
「あんまり遅くなると、船長が心配するだろうなって、思ったんだ。だから、手っ取り早く片付けた方がいいと思って」
「……ああ、」

言い訳の続きかと納得して、気まずように視線をそらすシャチからおれも視線をそらした。子どもみたいで笑ってしまいそうだ。ヘソを曲げると面倒な仲間に気をつかいながら歩き出す。それでも「…船長怒るかな…」と小さく呟かれた言葉に、油断していたおれはふきだしてしまった。

「…何笑ってんだよ」
「わ、悪い。ちょっと思い出し笑い」
「ペンギンってさぁ、嘘つくの下手だよね」
「そうか? 初めて言われたな」
「なら、あの船のみんなはペンギンに気ぃつかってんだ」
「気を遣われるのは得意だからな」
「それ別に胸はれることじゃないだろ…」

気にするなよ、おれのじゃない方の袋の中からりんごを出して、袖で拭って目の前に出してやる。「食っとけよ。うまいぞ」唐突な提案に不審げな顔をしたシャチは、それでも何か感じたのか、そのままおれの手からりんごを齧って口にいれた。「どうだ?」「…うまい、けど」しゃりしゃりと噛む小気味のいい音。おれはそうか、と同じりんごを同じようにかじる。

「シャチは、そっちの赤の方が似合うと思うよ」

きょとんとした顔から一転して楽しそうに、その表情はさっき戦っていたときよりも、ずっときれいで真っ直ぐな笑顔だった。

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