上げようとした瞼は予想に反して軽々と持ち上がり、おれはうすぼんやりとしたその室内を易々と見ることができた。

ぴちょん、ぴちょん、澄んだように響くのは水滴の落ちる音だ。石造りの部屋は誰にでも分かる、何の変哲もないただの牢獄だった。後ろ手にかけられているのは当然手錠だろう。足は動かそうとしてもその意味をなさなかったから、どちらかかあるいは両方が折れている可能性もあった。痛めつけられて横たわっているだけならまだマシだが、折れているとなると逃げるのも一苦労だなとぼんやり思う。

かちゃり、腕の楔が小さく鳴く。闇はともかく視界が随分とクリアだな、と手元に無いだろうサングラスを思ってためいきをついた。船長にもらったお気に入りだったのに。ちくしょう。未だ動きづらい体をなんとかねじって逆側を見た、そこに見慣れた姿があった。

「――サラワ」
「おや。おはようございます、料理人さん」
「の、のんきだな」
「ふふ」

壁に寄りかかるように座っているサラワが、力のない声で小さく笑った。あまり目のよくないおれから見ても、サラワも同じように傷ついている。ただひとつ、サラワの目にはこの暗闇にあって、白く光るような包帯が巻いてあった。

「サラワ、目、怪我でもしたの」
「これですか? …いいえ。なぜか分かりませんが、先程から前が見えなくて」
「包帯巻いてあるみたいだけど……まさか治療ってわけはないよね」
「おやおや。まあそうでしょうねえ」
「……サラワ、怪我以外にもどっか具合悪いだろ」
「おや?」

見つけた時の姿勢から呼吸以外で微動だにしないサラワを怪しんでそう問えば、より囁くような声で料理人さんは気遣い屋さん、と唄を刻むように答えた。サラワは元から打撃に強い体をしているわけじゃない。悲しいことに痛みに慣れてしまった過去のせいで、サラワは痛みを危険信号として感じることができなくなっていた。

「どんな気分。吐き気とかする?」
「…こんなところで問診ですか。さすがハートの一味ですねえ」
「軽口はいいから答えろ、サラワ」

常のサラワとは違う、のらりくらりと揺れるような返答に苛立つ。サラワ自身にではなく、焦りから。唸るように重ねれば、サラワはどこか夢見心地のようにふふ、と笑う。

「すごーくぼんやりします。あんまり喋りたくないです。でも、眠ると大変なことになりそうな気がするんですよね」
「肺が変になってるとか、そういうのは。息がしづらいとか」
「ないと思います。ちょっと分からないですけど…でも息はできてるみたいです」
「……薬でも盛られたか」

答えが曖昧で会話が上手く成り立たない。それでも質問に対して答えようとするのは、おそらく船長に散々ならされたお陰だろう。息をはく。

昼間に会った賊のことは思い出すまでもない、私服で二人連れだったおれたちに目をつけたのは、武器を持ったことだけではしゃぎだすようなただのチンピラ集団だった。囲まれて武器を向けられて、そこまでならいつも通りだったが、唯一の油断はその中に能力者がいたことだった。サラワと背中を合わせて、斬りかかってくる相手を足で止めようと――して、そこで初めて足が動かないことに気づいた。しまったと思う間もなく、ガードもない無防備な首を思い切り蹴られて、おれは多分そこで昏倒した。首から上への攻撃は相手の意識を一瞬で奪う、聞かされていたそれも自分自身で実証していたんじゃ意味がない。戦闘に向かないサラワを援護するのもおれの役目だったのに。唇をかむ。

「サラワ」
「はい。ここにいますよ」
「うん。話したくないところ悪いんだけど、ずっと喋っててもらえるかな」
「お話しですか? いいですね。好きですよ、そういうの。何を話しましょう」
「サラワの好きな話でいいけど…じゃあ、何か昔話とか」
「むかーしむかし、ですか。ふふ。楽しいですね」
「そうだねー。おれにも聞こえるように話してくれると嬉しいな」
「ふふ、ふ。どうしましょう」
「うん。気持ち悪いとかあったら言ってね、サラワ。おれはここにいるから」
「ええ、僕は大丈夫ですよ」

壁にもたれたまま、サラワが細い声で歌いだした。それはいつも船で聞かせてくれる、昔のサラワが生きるために覚えた歌だ。あなたがいてくれて幸せです。わたしと踊りませんか。わたしにとって、あなたが唯一のせかいなのです。サラワが生きた過去よりも一層深く闇を見せる、おれですら目を閉じてしまいたくなるほどの光のうた。

そのうちにおれには聞こえない言語の唄になり、サラワが眠ってしまわないかだけを気にかけながら、おれはまた周囲を見る作業に戻った。ぴちょん。ぴちょん。絶え間なく続く水滴の音はその水も同じであることを伝えているはずで、どうにかその先をたどれないかと耳を澄ます。

どんな状況でも生を諦めるなと命じられている。おれはひとりじゃない。誰かを守るために生きられる。

だから早く迎えに来てください、脳裏に浮かんだ不機嫌そうな表情に、おれは少しだけ笑ってそう呟いた。

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