※魚人シャチ
からころ、からころ。
小さな箱に取っ手がついたような玩具を手で揺らすと、その中に入った何かが壁にぶつかって軽快な音をたてた。海の中で泡が空を目指すのに似ている音。おれの指先を握ったまま離さない毛に覆われた手を撫でる。あたたかい。からころ、鳴らす音は小さな願いだった。この子が良い夢を見られますように。
「――寝たか」
「船長」
寝台と高さを合わせて床に座り込んでいたおれの上から覗き込むように、いつの間にか入ってきていた船長がベポの顔を見た。寝台に寝転がる白くまの子どもは、丸まってすうすうと寝息をたてている。くまにも近く、人にも近い。寄り添うことができない分、指先だけで手のひらに触れる。
「ついさっき。でも、今日はあんまり駄々こねなかったな」
「へえ。珍しいな」
「うん。昼間に遊んでもらったのが良かったかもね」
からころと鳴らしていた玩具を横に置いて、空いた手でそっと毛並みを撫でる。ふわふわの毛は手に馴染んで陽だまりの匂いを部屋に満たす。
ベポはこの船で唯一の白くまだった。そもそも海賊の船にくまが乗ること自体滅多にないんだろうけど、おれは自分自身が魚人だったから別段驚きはしなかった。人間が人間以外の生物を乗せていることは驚いたけど。それは多分、おれに染みつく習性のせい。
おれのすぐ隣に座ってベポを撫でる船長が、ベポの教育係をおれに任せた当人だった。船に乗ったばかりで雰囲気にすら飲まれてしまうおれの目の前、子猫をつかむようにしてベポをぶらさげて。
「お前、本当に子育てとかできたんだな」
「…それ、今更言う?」
「何回でも言ってやる。ガキがガキ育てんじゃねェかって心配したんだよ」
「これでもオニーチャンなんだけどね、おれ。つーか文句あんなら船長に返すよ」
「馬鹿言うな。それこそ今更だろ」
ベポを撫でたその手で、おれの頭をわしゃわしゃ撫でる。おれもベポも扱い一緒かよ、思ったけど言わなかった。確かにもう、おれはベポの教育係を降りる気はなかったから。それは他でもない、ベポがおれを好きだと言ってくれるから。しゃち、しゃち、とまだ使い慣れない言語でおれを呼びながら足元をついて回るベポ。この船において唯一がふたつになる片割れ。邪険になんてできるわけがなかった。きっと、船長は、そんなおれのことを見通していたんだと思う。悔しいから言わないけど。
「――…シャチ、」
船長の声は好きだった。深い声、それは深海のような薄暗さと広さを持つ。諭すようでも命令するでもないその声は、いつも決まって船長が触れてくるときの声だった。覗き込んできた瞳と視線が交わる。アッシュの瞳はやはり海のようで、飲み込まれる前におれは目を閉じた。
TITLE:PROBABLY!