もうろうとする意識の中、ただあの黄色い船のことを思い浮かべた。過去を思い出すことはなんだかどこまでも終わりに近づくように思えたので、おれはなんとか身を起こして木に寄りかかる。こめかみを伝うのが汗なのか血なのか、おれにはもう分からなかった。

(……もうじき夜が来る)

木々の多いこの島では、おそらく倒れた人間を探すのには向いていない。どんどんと暮れていく空を恨めしげに見たところでそこには雲が浮かぶばかりだ。呼吸がしづらい。アバラでも折れたかな、他人事のように思う。手近にあった長めの棒を拾って、どうにか身をかがめて足を支える。

(…差して…止めて…ええと、ねじって縛る)

教わった止血と添え木の方法を必死に思い出しながら、常人では有り得ない方向に曲がった足を位置だけ戻して固定した。痛みはもう熱に混ざって分からない。それでも燃えるように熱を発する足を抱え、体中の力を総動員して起き上がる。目的はひとつ。――帰らなければ。

(船に、帰る。かえる。……おれは、帰るんだ)

唯一と決めたあの居場所に、どうあっても帰らなければならない。踏み込んだ島には3人の鬼と呼ばれる門番がいて、おれとベポとペンギンと船長で手分けして全滅させるつもりだった。船長の予定は現実にならなければならない。おれたちは何手にも分かれて敵と応戦し、一人で離脱したおれは同じく一人になった門番に追われ、今ようやく相手を真下の急流に叩き落としたところだった。最後の蹴りで骨が内臓に刺さった感触がしたから、おそらくはもう浮き上がってはこないだろう。船長の安全を守れるなら、おれの骨の一本くらい安いものだ。

立ち上がって木にすがる。余った片足も健常には程遠く、震えるそれを叱咤して前に進む。痛いというより、やはり熱い。油断をすれば倒れこんでしまいそうな。それでもおれは、船に帰らなければならない。

いつも聞いていた声。いつも聞いていた言葉。別れる際にももう一度、まばゆいほど通る声で。

『おれの許可なく死ぬな。絶対に船に帰れ』

ヒビの入ったサングラスをかける。どんな攻撃にも耐えうると思っていたこれも、おれと同じく満身創痍であるようだ。けれども、こいつもおれと同じく、船に帰る義務がある。ツナギの袖で鼻血を拭って、少しずつでも前に進んだ。随分と島の中に入ってきてしまったように思う。戦闘中は他に獣は出なかったが、これからどうなるかは分からない。

「…げ、ほ」

息をすると同時に血がこみ上げてくる。吐き捨てたそれもあまりよくない色をしているように見えて、ああおれも医者見習いじゃなきゃなあと場違いなことを考える。そうしたら、まだ全然問題ないと言って駆けていくことができるのに。でもそうでなければ、こうやって立ち上がることもできなかったのに。

ツナギの中に隠しておいた帽子を出して胸に握る。頭の裏で血が渦巻いているようで、誰もいないこんな場所で暴走するわけにはいかないと目を閉じる。敵もいないのに暴走したら、おれはきっともう戻れない。ぎゅっと握ったそれから、船長の熱と声が伝う。おれはキャスケットだ。だからだいじょうぶ。おれの中身はすごくいっぱい宝が詰まってて、それでも船長はまだまだ足りねえよって笑うんだ。おれは船長が見せてくれる全部を覚えて最後の島まで持っていく。おれの義務。帰らなきゃ。


『――テメェら、一人でも死んだら許さねェからな』



船長。いま、帰ります。
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