「シャチはどうしておれの側に来てくれるの?」

潜水中の船の中、食堂で船長を待っているというベポの隣に腰を下ろした。潜っている間は当然甲板には出られない。それでも、少しでも静かで広い場所を探した。キッチンの勝手が分からないと言ったおれにベポが淹れてくれた紅茶を受け取りながら、ベポの丸くて黒い、深い瞳を見返した。

「どうして、って?」
「うんと…上手く言えないけど」
「へえ」

カップの中身に口をつける。それはベポが淹れたとき独特の甘みがあって、こくりと飲み込むだけで胃の中が温まるようだった。海の中は冷える。慣れた海域ではない場所では、おれが生まれた場所よりももっと寒いこともあった。

ベポはおれの声に少し困ったような顔をして、落ち着かない風にツナギの袖をいじりだした。「…シャチが気にしたらごめんね」小声でおれをうかがいながら、それでもおれが瞬きで返すと、言葉をゆっくりと選びながら話し出す。

「おれは、ほら……白くまだから。だから、初めて会う人は、みんなおれのことこわいっていうんだ。くまなのに喋るし、あんまり優しそうにも見えないし。海賊だからおれはいいけど、ええと……だから、」
「おれはベポが怖くないかって、そういう話」
「…うん。それとは少し違うけど、でもほとんどそう」

おこる? ベポが不安そうに眼を逸らしながら言う。おれは短く別に、と答えて、また紅茶を口に含んだ。のみこむ。実際おれは怒ったわけじゃなかった。耳がしょげたまま同じように紅茶を飲むベポを横目で見て、それから自分の手のひらを見た。おれの平熱は低い。というより、人間の体温ではありえない。それでも、ベポはおれが触れても文句はいわなかった。シャチの手ってひんやりしてて気持ちいいね。いつかの声を思い出して、おれはベポ、とその名前を呼んだ。

「…なあに、シャチ」
「ベポが、おれに言ってくれたから。だから、おれも言う」
「、うん」
「おれがベポに優しいのは、別にベポだからじゃないんだ。ベポが、……人じゃないから」

だからなんだ。ベポよりも更に懺悔するように、おれは紅茶の表面を見ながらそう呟いた。おれは多分誰よりも、おれが人間じゃないことにうんざりしている。魚人であることは誇りだった。けれど、何度も差別され迫害されるうちに、この身に流れる血の全てを恨むようになった。おれの居場所は海の上にはなかった。満たされたことがあるわけじゃないからよく分からなかったけど、おれはそのとき、初めてさみしいという感情を覚えたのだと思う。

「群れにいればみんな優しいし、タコのおじさんとかエイの兄ちゃんとか、優しくしてくれたけど。…でも、おれはやっぱり魚人だから。人間とのあいの子だから。……だから、人間に交じりたいんだ。たぶん、本当は」
「……うん」
「人間は怖いよ。追い回されるのも撃たれるのも怖い。でも、ベポはそんなことしないだろうなって、勝手に思い込んだ。ベポは、」
「人間じゃない、から?」
「…そう」

おれも大概酷いやつだろ。俯くように、もっと向こうの床を見た。この船に乗ってしばらく経った。おれは、船員たちがおれに銃を向けるような人間じゃないってことを、身を持ってもう知っている。それでも長年の本能が惑う。怯える。人間は、おれを受け入れてくれるような生物じゃない。何よりも、おれが魚人という種族である限り。

その中にひとり、白くまがいた。おれは安心したんだ、ベポ。声には出さずに呟いた。たったひとりこの船で、奴隷のように生きるんだと思ってた。海賊なんて輪をかけて残忍なやつらだ。死ぬよりもつらい思いをする、そう思って乗った船に、ベポがいた。それで初めて、おれは少しだけ安心したんだ。こいつらはおれが魚人だから乗せたんじゃなくて、おれがどうであれ拾って乗せたんだと分かった。クルーになるにしろ奴隷になるにしろ、その方がよほどおれには優しかった。

「だから、おれはベポが好きだ。隣にいると安心する」
「…うん」
「…でも本当は、ちゃんとベポのこと好きになりたい。ベポが白くまだからじゃなくて、ベポがベポだからおれは好きなんだって、そうなりたいんだ」

少しだけ歩み寄れるかと思って、そのふわふわな肩に頭を寄せた。ベポは何もいわずにおれを寄りかからせて、それから少し考えたように、そっかあ、と息をはいた。おれ白くまで良かった。かすれて消えてしまいそうな声を、おれは聞かなかったフリをした。でも、つないだ言葉を待つ。でも。

「おれも安心したよー」
「なにが」
「おれ、シャチがおれのこと、とって食べちゃおうかって狙ってるんだと思ってたんだ」
「は、ァ?」
「だ、だって! え、ええと、えと、」
「……いいから言え、ベポ」
「えと……ペ、ペンギンがそういってて」

シャチは白くまを食べるんだって、そう言ってたから。聞いた瞬間から頭痛がしてくるようなセリフだった。帽子のつばの奥に飄々とした表情を隠して、人を馬鹿にしてるんだか気遣ってるんだか全く判別のつかない男の顔を思い出す。あ、の、くそやろう!

「…確かに、シャチは白くまのこと食うかもしんねえけど、おれはベポのことは食わねえよ」
「だ、だよね! おれ知ってたよ!」
「明らかにそうじゃねえよな!! 全力で怯えてたよな!!」
「シャチ、コップ危ないよ!!」
「知ったことか!!」

掴みかかって耳をみーっと引っ張れば、ベポはきゃあきゃあと身を丸くする。ついでのようにその毛並みに顔を埋めて、少しだけ感じる獣の匂いに目を閉じた。






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