わたしの名前は冬柚である。冬柚と書いて、ふゆのと読む。
「ふーちゃん、オレのスパイク見なかったぁ?」
玄関からわたしを呼ぶこちら、わたしの弟である。名前は春己。春己と書いて、しゅんきと読む。
「しゅんちゃんのスパイク? 見なかったな」
「そっかー。…んー、どこやったっけ」
「スパイクなくすなんて、しゅんちゃんくらいだよね」
「ふーちゃんはすぐそゆこという−!」
見て分かるとおり、わたしたちの名前は大層読みづらい。というか、なんかもう、正直いって、読ませる気がないんじゃないのって言いたくなるくらいに読みづらい。だから当然のことながら、初対面のひとに正しく読んでもらえるなんて、わたしたちの人生には経験がなかった。しゅんちゃんは大体はるきくんですかといわれるし、わたしに及んではそもそも読んでもらえない。そういうのって、ふうんと思う半面、やはり少し寂しいもので。
呼び方名前その他含め、名詞というのは大事だと思う17の夏である。
しみじみと締めくくったところで、すぐ横にあった電話がぴりぴりと鳴いた。ほとんどわたしとしゅんちゃんしかいないこの家なもので、電話をとるのはまずわたしだ。鳴いているそれをひょいと持ち上げて、汗ばむ耳元にぺとりとつけた。
「はい」
『もしもし、えーと、林です。春己くんいますか』
「あ、林くん。いるよ、ちょっと待ってね」
保留を押してから大声でしゅんちゃん電話! と呼んだら、あっそうだった! なんていいながらしゅんちゃんがばたばたと走ってきた。
「約束あったんなら気にしておきなよね」
「だってスパイク…」
「しょうくんに聞いてみたらいいじゃない」
「あ、そっか」
はいはいもしもしー! と通話を始めたしゅんちゃんを見ながら、わたしは昼食を作るために台所に立った。電話越しに聞こえる林将太くんの声としゅんちゃんの声を交互に聞く。かすかにしか聞こえないそれは、普段のわたしには知り得ないものだから。
「今の? 姉貴、うん、そうそう。おん、…ばっか、ちっげーよ!」
しゅんちゃんは、電話をするときやクラスメイトにわたしの話をするときには、わたしのことを姉貴と呼ぶ。それを聞くのは少しくすぐったいけれど、楽しそうにからからと笑うしゅんちゃんを見ているのはわたしも嬉しかった。背伸びをしたいお年頃の、その些細なことすらも愛しくて。
じゃあなといって電話を切るだろうしゅんちゃんに、なにが食べたいかと聞いてみよう。
そうしたらきっとしゅんちゃんは、ふーちゃんの好きなものでいいよっていって笑うんだろう。