「久しぶりの地面ー!」
「予定通りだな」
「これは何やら面白そうな予感がしますねー」
「くっはー! すっげー緑だなオイ!!」

降り立った島は、そこそこ大きな樹木とたくさんのツルが支えるような、今までの中で一番緑色の島だった。島の真ん中を大きな道路が貫いて、ここで暮らす人たちはその道だけを使って行き来するんだろうか。サラワが見た限り、他に道らしい道はない。

先遣隊…といっても今回に限ってはそう大げさなものじゃなくて、とりあえず様子を見に行こうってことで、おれとサラワ、ペンギンとオウギで組を作って島に入ることになった。その後ろ、船の甲板を船長が刀でこつりと叩く。

「お前ら。喜ぶのは構わねェが、仕事を忘れるなよ」
「だいじょーぶっす!!」
「お前の大丈夫が一番アテにならねェんだ。ペンギン、サラワ、二人のこと頼んだ」
「了解」
「承りました、ふふ」
「アレ、二人っつーことはおれも入ってんの?」
「当然だろう。オウギとキャスケット、お前らまたその辺の民家壊して喧嘩でもしやがったら、」
「…どーなんの」
「……すぐさまバラして海に叩き込んでやる」
「イエッサー、キャプテン!!」

ちきん、澄んだ音は船長の刀が抜かれる音だ。自称してやんちゃ系担当のおれたちは、羽目を外して叱られることが当然ながら船内一多い。おれたちの約束なんてそれこそ一番信用ならないものだと船のみんなは口をそろえて言う。ズビシッと敬礼の型をとったおれたちを見て、船長はもう何かを言うのも疲れたって感じにため息をついた。











「船長は心配性」
「それ、船長さんの前で言わないように」
「言わないけどぉー!」

サラワと二人連れ立って、道ではない道を分けながら歩く。前方を見ながら苦笑するサラワの隣に、周囲の音を聞きながら顔をしかめるおれがいて、周囲は森が生い茂っていた。鳥の鳴く声よりも足元の獣や虫の足音の方が響く。古代島ではないにしろ、それに似た島なんだろうか。

ガキくさいとはわかりながらも、拾った棒でそこらの木を叩きながらでろでろと足を動かした。なんだかなあ、おれってそんなに信頼ないのかなあ。……いや無いのも確かに自覚しているんだけども。

「べっつに好きで喧嘩したりしてるわけじゃねーのに」
「随分とやさぐれてますねー」
「だって、……だっていっつもそうなんだもん。おれ悪くないのに」
「船長さんは、料理人さんが悪いから怒っているわけではないと思いますけど」
「そんなの分かってるもん。だから船長には言わないんだもん」
「大人になりましたねぇ」

サラワが楽しそうにふふ、と笑う。そりゃ確かに、もうちょっと前のおれだったらすぐさまぶーたれて、下手すれば船長にぶーぶー文句でも言ってたと思うけど。船長の心配がおれは嬉しくて、船長の心配がおれは不満だ。喧嘩しても怪我をしなければいいのか、なんて思った時もあったけど、今のおれはそんなにコドモにはなれない。

「船長に心配してもらえんのは嬉しいんだけどな……」
「そうですね。どこにいても何をしても、最後には受け入れて待っていてくれる、という人がいるのは、今の僕たちにはとても救われる話です」
「……サラワがいじめる」
「ふっふっふ」

何のことでしょうねぇ、囁くように言って楽しそうに歩を進める。なんとなく叱られたような気分になって、おれはその後ろをとぼとぼと歩いた。うう。くそう。年齢に不相応な態度をとっていることを自覚しているだけ、なにしてんだおれ、という考えが否めない。これがよくいう反抗期ってやつなんだろうか。

考えがまとまらないままに木の根を踏み越えたら、その前でサラワが「おや、」何かを見つけて屈みこんだ。細い指先で拾う。その手に、小さなビンがあった。

「何それ。ビン?」
「の、ようですね。何か……ああ、紙ですね」
「へえ。なんだろう…なんか書いてある?」

ビンの中には手のひらよりも小さな紙切れが入っていて、横から覗きこんだら何か青いインクで記されているのが見えた。それが文字なのか絵なのか、それはおれには分からない。おれは字を教わったことがないから、字が読めないよりも前に、それが字かすらもよく分からなかったけど。

「残念ながら、僕は字が分からないので」
「分かんないの?」
「文字、というものが認識できないんです。船長さんには何かの不具合だと言われましたが」
「そっかあ。おれも字読めないや」

サラワが紙をふらふらと振る。その小さな紙は何かが書いてあるそれっきりで、ビンの中身もそれっきりだった。字が読めないおれと字が分からないサラワ、持っていても仕方のないそれをビンにまた戻して、サラワがツナギの内ポケットにしまった。

「船長さんなら読めるでしょう。あまり面白いものだとは思えませんが」
「でも、もしかしたら宝の在り処とか書いてあるかも」
「料理人さんは夢いっぱいですねぇ」
「海賊だからな!! 夢はでっかく!!」
「少年よ大志を抱け、というやつですね」

すぐ上にあった枝を掴んで根を越える。サラワはポケットに手を入れたままぴょんぴょんと身軽そうに進んでいた。動きに無駄がないなあと思う半面、サラワは自分の落ち度というか、違うな、ええと……短所、というか。自分にできないことはありません、という風を崩すことがない。でもおれたちはそれなりの付き合いだから、お互いに出来ることと出来ないことがあることを知っている。

こだわりなく出来ないと言うサラワと、普段の余裕のあるサラワ。そのふたつが重ならなくて、おれはじっとサラワを見た。その横顔が、くすりと笑う。

「料理人さんは素直ですねぇ」
「え。…あ、……ごめん」
「ふふ。いいんです、これは僕の"遺産"ですから」

いさん。遺産。思い返したそれはやはり今のサラワにそぐわなくて、おれは何も言わずにサラワを見返した。

「……僕は昔、とある豪商の奴隷でした。それは?」
「えと、…ごめん。知らない」
「構いません。おいおい話すとしましょう。……そうですね、僕は昔奴隷だった。奴隷の扱いはどこでも同じです。人権など当然なく、働かざる者食うべからず、僕はまだ小さくて労働などとてもできなかった。僕はいつも、部屋の隅でお腹を空かせていたものです」

懐かしいですねぇ。そう言うサラワの目には、何がうつっているんだろう。おれは話を聞くのが得意じゃないから、この耳がサラワの声をひとつも零さないように黙って聞いていた。無機質になっていくサラワの声を、おれは止める術を知らない。

「暴力や罵倒などはかわいいものでした。とはいえ僕は子どもだった。殴られれば痛いし、痛ければ泣きます。泣けば更に痛みが襲うことを、僕はなかなか分からずにいたのです。……そんな風でしたから、教育なんてものは受けさせてもらえなかった。字を読むということ以前に、文字が認識できないことすら、僕は知らないままだったんですね。どこかへ使いに出されることもあるし、会話をすることもあったけれども、それを必要とする生活をしていたわけではありませんでした。だから、僕にとってそれは必要のないものだと思っていたんです」

鬱蒼と茂っていく森の中を、サラワの声と木のささやきだけが混じって溶けて、消えていく。島の広さがどれだけかは分からないけど、この森はどこまでも続いて行きそうだった。円を描くようにして島をぐるりと周る。その中に、集落はひとつも見当たらない。

「……ある日のことです。僕の暮らす小さな牢獄に、ひとりの男がやってきました。僕はただ、声を発することもなくそこに座っていた。おかしな話ですよ。その頃の僕は、もう今とそう変わらなかった。それでも僕は、使いに出る以外で声を発するなと教えられていた。それが絶対だったんです。だから、ただその目を見返した。今でも不思議です。屋敷にいる全ての人間の、見下すような目がずっと怖いと思っていたんです。……でも、本当に不思議なことに、あの時の目はとてもあたたかいと思った」
「……それが、船長?」
「ふふ」

サラワは今度は心底嬉しそうに笑って、細い指を口元にあてた。未だに忘れられないんですよねぇ、なんでもない風に言うそれが、サラワの人生のどれだけを占めるんだろう。

「牢獄を見渡して、その男は言いました。『ふざけた目をしてやがるな、お前』……僕は特に思うことは有りませんでした。いつも受ける罵倒より、幾分柔らかいと思ったくらいで。……でも、落胆したりはしなかった。男は続けて、男と共にやってきたもう一人に、どう思う、と語りかけました。そちらの方が何を言ったかはわかりません。そして男は僕に言ったのです」

お前は生きたいか。お前の知らない、光の下で。

まるで物語を聞かせるような口調だった。それでも、サラワは本当に懐かしそうにそれを語る。持っていた棒がぱきりと折れて、それで随分歩いてきたことを知った。おれと目を合わせて、サラワが笑う。料理人さんも知っているでしょう。そんな声。

「……そんなわけで、僕は表と裏を使い分ける、ギャップにトキメキな男に生まれ変わったわけです」
「台無しだなサラワ」
「ふっふっふー。……でも、本当にそうなんです。なんでも出来なければ、出来ると思っていただかなければ、僕を買ってくれる人などいませんでしたから」
「……そっかあ」

手のひらを組んで後ろ頭を支えて、足元の石を蹴飛ばした。おれにとっての生が船長であったみたいに、サラワにとっての光が船長だった。それはどこか、くすぐったいような幸せだ。満たされる気持ちを共有する、その集まりがあの船だとするならば。

「船長って、太陽みたいだね」
「ああ、……それは的を射てる表現ですね」

眩しそうに目を細めたサラワとおれの目の前、いつの間にか一周していたらしい、出発した時とは逆側の船が見えてくる。その甲板で、手持無沙汰に海を見ている船長がいた。船長さんは心配性、サラワが歌うように言う。

思わず走り出したおれの後ろ、柔らかな笑みと共に、僕らの日の出ですねとサラワが空を仰いだ。

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