「船長ー! 50度の方角に敵船発見しました!」

見張り台の上から大声で叫ぶ。船長に知らせる目的半分、クルー全員に通達半分。見える船はそれなりに大きな帆船で、なんだか見覚えのないジョリー・ロジャーを掲げる海賊船だった。まあ、おれの記憶力なんてものは有ってないようなものなので、有名どころかもしれないけどそれはそれとして。

一気に騒がしくなる船の気配におれはわくわくしながら、奥の扉から出てきた船長の元へ迷わず駆け寄る。危うく柱から落ちそうになったのは秘密である。船長が呆れた顔してるけど秘密なのだ。

「キャスケットとベポは敵船制圧に迎え。目的は拿捕。足の一本や二本折っても構わねェが、おれが行くまで一人も殺すな」
「りょーかいです!」
「アイアイ!」
「ペンギンは航路確保。問題なければ乗船班に加われ」
「了解」
「サラワは甲板で待機。もし来るようなら海にでも蹴落とせ」
「こちらは始末してしまっても?」
「構わねェ。好きにやれ。オウギは遠隔で敵船にダメージでも与えておけ」
「あいあーい。船は降りんなってことスね」
「そういうことだ。コハリとロニーはすぐにこの場を離れられるように待機、船に傷ひとつつけるな」
「はあーい」
「承知いたしました」

クルーひとりひとりに指示を出しながら、船長も自分の刀の具合を見ている。おれたちの船は人員が少ないから、戦いのときはいつも総力戦だ。まあ、それでなくてもうちの船長がクルーにだけ任せてみてるだけ、なんて有り得ないけど。

おれはやるぜおれはやるぜーと久しぶりの戦闘にテンションをだだ上がりさせていたら、すれ違ったペンギンに「…はしゃぎすぎるなよ」とお小言をいただいた。ペンギンはおれにお小言ばっかりだな。保護者か。思わずつっこみたくなったけど、いつも面倒見てもらっている感はぬぐえなかったので、腰の中型ナイフの柄を握りしめて「はあーい、ぜんしょします」と答えておいた。返事は素直に聞こえればそれでいいのだ。

徐々に近づいてくる船を見ながら、いつでも乗り越えられるように手すりに足をかける。どこまで近づいてくるかにもよるけど、多分どの船にも横づけの大砲はついているはずだ。うーんちょっと見づらい。でもそれは今までの経験上確かなことだったから、そう接近を許すわけにもいかない。泳いでいっちゃおうかなあ、ツナギだと重くなるかなあ、ベポもいるしどうしようかなあ。考えながら手すりに乗り上げたおれを、後ろから襟首つかんで引きずりおろす人がいた。ぐえ。あれ、船長。

「…ちょっと戻れ、キャスケット」
「アイアイ船長!!」
「おれの命令を復唱してみろ」
「アイ! てきせん、…えーと」
「なんだ」
「………ろ、ろぼ?」
「違う。全く違う。敵船拿捕、だ。だほ。言ってみろ」
「てきせん、だ、だほ! ですね!」
「意味は」
「えーと……変形するまでフルボッコ?」
「ロボじゃねェといってんだろ」

がつん、刀の柄で側頭部を一撃。いたいですせんちょうひどい。

「お前はイチからヒャクまで逐一言ってやらねェと理解できねェのか」
「どうやらそうみたいですせんちょう」
「……行って、ボコして、縛り上げて転がしとけ。いいか、千切るな殺すな沈めるな」
「分かりやすいですせんちょう!」
「ダガーは置いて行け。あとあまりはしゃぐな」
「りょうかいですせんちょう!」
「…分かったならいい。怪我だけはするな、かすり傷も含めて一切だ」
「はい船長!!」

行け、と言う船長がなんだか犬に命令でもするようだったので、おれは「わんわーん!」吠えながら海に飛び込んだ。泳ぐのはもちろん、潜水することも得意なおれは、海の中を悠々と泳いで敵船に近づいた。もちろん上からはみづらいよう、深さはきっちりと保ったままだ。

近づくほど大きな船に、おれの心は鳴りっぱなしである。久しぶりのお仕事だ、と腰に手をあてて――あ、さっき置いて行けって怒られたんだった。ごめんなさい船長急所は絶対に狙いません、ダガーを握りしめて一気に浮上する。もう一本出した小刀とダガーで、敵船の外壁を軽々上る。「敵襲か!?」「なんだこいつ一人だぜェ」「囮なんじゃねェの、こんなよわっちそうなガキ一匹!」「殺っちまえテメェら!!」やあやあ弱者ほどよく吠えるとは上手くいったもんだね。

「どうもこちらハートの海賊団でーす!! ええっとお、ってうわっ!! 挨拶もそこそこに斬りかかってくるとかブロイじゃない? …あれ、ブロイ? プロイ? なんか違う気がする…いーや分かんないしてきとーで。つーわけで、」

とりあえず持ってる食料は全部置いて行ってね、プレイなみなさん!!!

びっしょびしょのまま笑顔で言い放ったおれに、遠くの方で船長が「…それも違う」とつっこんでいた。あれ?










船長も合流した敵船の上、あっちにもこっちにも転がしてある男を踏み越えながら、横づけしたおれたちの船に食糧を落っことす。下ではコハリとロニーが二人でせっせと倉庫へと食糧を運んでいる。うーん、大所帯ともあって美味しそうで長持ちしそうな食材ばっかりだ。

実はここのところ、うちの船は食糧不足に悩まされていた。前回の島で食糧を得ることができなかったため、不測の事態に陥ったおれたちは、平たくいうと腹が減って仕方がなかった。だってここまでずっとチーズとかたいパンばっかりで、正直おれの出番なんて全くなかったので。というわけで飛んで火に入るなつの虫さんから食糧をまきあげているという今に至る。

「船長、積み込み全部終わりましたー!」
「ご苦労。他には何もなかったか」
「砥ぎ石とまな板と、あと拳銃を何丁かもらいました」
「海図を全てと日誌を。使えそうな貴金の類も積み替えてあります」
「でっかいお魚あったから半分食べてあとは運んだよ!!」
「大収穫ってところだな」

転がされてうめく足元の男を船長が蹴り上げる。途中で合流したペンギンも、いつの間に見つけて来たのか紙の束をまとめながらうちの船に放り込んでいた。うーん、海賊って感じ。気分良い。
船長が蹴り上げた男はちょうどこの船の船長だったらしく、刀の先で額をガッツンと抑え込まれながらも船長をぎっと睨みつけていた。元気だなー。えっくしょ。失礼。船長はそれを見て嬉しそうにか楽しそうにか、そいつの腹を圧迫する足に力をこめた。おいしゃさんの攻撃は怖いなあ、と思う。

「お前の船は壊滅した。もう航海は続けられねェな」
「…っ、に、ふざけっ…ぁあ!!」
「さて、どうするかな。船員の命に別状はねェはずだ…ああ、まあうちのクルーが行き過ぎてなきゃの話だが」

そこでおれをチラッと見る船長。えーと、確認はしてないけど死んではないはずですせんちょう。あれ、でもさっきうっかり喉笛掻っ切っちゃったあの大男はまだ生きてるだろうか。自信ないなあ。でも生きててくれないとおれが困る。えへ。

「は、ァ…ぁ、なせ、…!」
「おれに命令するな」

敵の船長の抵抗も空しく、船長がぐりぐりっと傷を抉る。わああれ痛そう。おれのダガーは削ぎ刃だから、多分内臓とかすごいことになってるんだろうなあアハハ。おれは返り血を浴びてしまったツナギをちょっとだけこすりながら、楽しそうな船長を楽しく眺めていた。暴れまくった後はすっきりする。

耳にはあまりよくない声を聞きながら(あとうちの船の方でぼちゃんぼちゃん音がするのは、多分サラワとオウギが海に死体を捨てる音だ)、投げたナイフをせっせと回収する。いつもなら使い捨てにするレベルの小型ナイフだけど、今はいかんせんストックがない。袖の中にナイフがないと落ち着かない質なので、それを拾っては袖にいれる。うん、これこれ。

敵船の甲板でひとり満足していたら、ペンギンが船長の向こうからちょいちょいとおれを呼んだ。おれは船長の犬だけどお前の犬じゃないやい、思ったけどペンギンも嫌いじゃないのでおれは素直に近寄ることにする。ペンギンのツナギは真っ白だった。切らないペンギンは血を見ることがない、洗濯する必要もなくていいなあと思う。

ペンギンはどこかでおれのサングラスを拾ったらしく、それをおれに手渡して「ちゃんとかけておけ」と肩をすくめた。

「おおー。ありがとペンギン、探してたんだよね」
「…あまり飛びすぎると帰れなくなるぞ」
「まーじで? でも大丈夫だよ。船長がいるから」
「随分と絶大な根拠だな」
「そーそー。船長がいるから、おれは大丈夫なの」

おそらく真っ赤になっているだろう瞳を今更のように隠しながら、ペンギンに向かってへらへら笑う。ちょっと血に酔ったかもしれない。錆のような土のような、頭にぐらぐらとくる臭いが充満している。「船に戻ったらごちそうでも作ろうか」

ペンギンはおれの頭をちょっとだけこづいて、やっぱりはしゃぎすぎだ、とお小言をいった。全部をバラバラにして蹴飛ばした船長が「船に帰るぞ」と刀を背負う。

その背中にただふたりではい船長、と誓いを返した。






TITLE:宇宙の端っこで君に捧ぐ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -