オークション会場の中はそれなりに騒然としていた。視界にひしめく人、人、人。めまいがしそうだと思った。同じ生きている人間が売り物として出される、吐き気がするようなパフォーマンスをまるで祭りのように盛り上げる。彼らにとって、舞台の上に立つ命は品物でしか有り得ないのだ。同じものでは有り得ない。それは必然、魚人と人間が相容れないように。

「……反吐が出ますね」
「? どしたのサラワ」
「いいえ。なんでもありませんよ」

僕の呟きを漏らさず拾った料理人さんににこりと笑って見せる。料理人さんは不思議そうな表情を隠さないまま、それでもそれ以上は聞かずにまた船長さんとの話を続けていた。他人の気配を読むのに長けた子ですね、と思う。隣に座る船長さんは、少しだけ嫌そうな顔をしていたけれど。

料理人さんは耳がとても良い。乗船したばかりの頃は音を拾いすぎて目眩や吐き気を覚えることが多かったというが、今ではそれなりに周囲の声を遮断できるようになっているようだ。少人数でいるときはクルーの声は全て把握してしまうらしいけれど、本当にいつでも耳を傾けているのは船長さんの声だけなんだとか。集中できる音があれば、他の音は薄れていく。それが良いことであるか悪いことであるかは、僕の独断では語ることはできない。

「せんちょー、かわいい子いたら買ってよ」
「おれに命令するなあと黙っとけ。クルーをそうほいほい買って増やしてたまるか」
「船長お願い買ってください! だってなんか潤わないんですもん」
「お前は見てるのが好きなだけだろう。船長を困らせるな」
「えー。ペンギンだってかわいい女の子好きだろ!」
「勘違いするなキャスケット。ペンギンが好きなのはグラマーな美人だ」
「ええー!! まじでー!!」
「船長ちょっと表出ていただいて良いですかね?」
「公然事実の適示だ気にするな」
「メスのクマいたら買ってくれる?」
「「それは売らねェから」」
「スミマセン……」

料理人さんと航海士さんに指摘されて、戦闘員さんはすっかり落ち込んでしまった。船長さんがどうにかなだめようとしている、その様子は見ていて微笑ましい。でもここは公衆の面前ですよ船長さん。

ざわざわと騒がしい周囲に聞き耳をたてる。どうやらオークションはまもなく開催されるようだ。貴族から一般人までが興味半分で、これから舞台にあがる者たちの末路さえ想像だにしないといった様子だ。売られるということ、買われるということ、奴隷になるということ。その全てに興味すら抱かない。ただ目の前に出てきた生物が、誰かに買われていくのが面白いだけだ。飼われるということさえ、彼らは知らない。

ただひたすらに気分が悪い。波や船員たちの奏でる音楽とは違う、不協和音が削り合うような有様だった。周囲を見渡す、その視界にうつる笑みの全てを壊してしまいたかった。心の中で炎がくすぶるような感覚。冷静であれと思うほど、どこかがきしむような音がした。音楽はもっと美しくあるべきなのに。

「……船長さん」
「どうした」
「少し気分が悪いので、表に出ていても構いませんか。もうじき始まるとは思うのですが、風にあたって来たいんです」
「…それだけか」
「……許すことなら、」

この虚無の破壊を、と。嘘と虚栄と栄光と差別と権力と命の犠牲の上に成り立つこの空虚を、全て無に帰してしまいたい。

瞬きをした船長さんは、ただ一言「…そうか」と呟くように零した。お前らしくないなと言われることが少しだけ心配だったけれど、船長さんはそれ以上は何も答えなかった。ただ、気分が悪いなら船に戻っておけと言っただけで。

失礼しますと席を立って、料理人さんと航海士さん、それと戦闘員さんにも辞する意を伝えてから、そう長くもない階段を上った。どんどんと体が重くなるような気がする。無法者たちが集まる場所で、目立つジョリー・ロジャーのマークをつけて、一人きりになる危険性を考慮していなかったわけではなかった。ただ、一刻も早くこの場から離れたかった。きっとその辺りを少し探せば、船大工さんでも研究者さんでも見つけられるだろう。そろいのツナギはこういうときに便利だと実感する。

出口付近で見たような赤毛の海賊とすれ違う。あれは確かルーキーの、と思ったけれどそれきりで、帽子のつばを深く下げて早足で出口に向かった。人の波は外に向かうにつれて少なくなる。まだ増えるような気配がする。浮足立って見世物小屋にでも入るような顔が並ぶ。全部全部端から、全部壊してしまえたら。

目を閉じたまま真っ直ぐに出口を出る。もう何も見たくなかった。見えなくなるような訓練でもしましょうか、くだらないことを考える。ため息をつくと同時、「今日は人魚が出るらしいぞ!」下品でふざけた声を拾う。



唇を噛んだ。どうしてこんなに苦しいのかも分からなかった。ただこれが、人の性の具現なのだと、ただそれだけを痛いほどに感じた。





TITLE:世界の端っこで君に捧ぐ
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