きっと海賊だなんて嘘だったんだわ。その小さな女の子は嬉しそうにけれどはっきりとそう答えた。

春の陽気が満ち溢れる花壇の真ん中で、おれと彼女は出会った。彼女は花を摘み種を撒きながら、その"海賊"について話をしてくれた。その人はね、目の前で転んだわたしに、石でもげんこつでもない言葉をかけてくれたの。大丈夫か、だって。やさしい人よね。今まで出会ってきた大人は、みんなわたしを蹴飛ばしていったもの。

それでね、と彼女は振り向いた。その人はわたしを助け起こしてくれて、わたしの服のほこりを払ってくれたの。わたしの服なんてもうほこりだらけだから意味なんてなかったけど、わたしはそれが嬉しかった。どうしてかしらね。わたし、人にやさしくされたことなんてなかったのに。でもそれが、きっとやさしいってことなんだって、わたし思ったの。あの人はやさしい人だったのよ。

それからその人はね、その人のことを見つめるわたしに、もう一度気づいてくれたの。彼女は摘んだ花をぼろぼろのリボンでくるりと巻いて、きれいでしょう、といった。その時もお花を持っていたの。でも、転んだときにどうかしてしまって、もう売り物になんかならなくなっちゃった。わたしはただ、ああ今日もご飯は食べられないんだわって、そう思っただけだったんだけど、……その人は、落ちてたお花を拾い上げて、わたしのかごにお金をふたつ、落として行ったの。わたしはすごく驚いた。いくらだなんて伝えてないし、そのお金はわたしが見たこともない、ぴかぴかしたお金だったから。だからわたし、お金はお返ししてもいいかしら、っていったの。だってこのお金を持っていたって、大人にとられてしまって終わりだもの。だから怖かったの。

そうしたらその人は、怒ったみたいな顔をして、お金をポケットに戻したわ。わたし、怒らせてしまったと思ったの。せっかくやさしくしてくれたのに、怒らせてしまったんだわ、って。でもその人は、今度はわたしのかごに、小さな手のひらくらいのパンを、よっつだけ落としてくれた。あったかくておいしそうだった。その人を見たら、それなら構わないだろうって、なんだか拗ねてるみたいだったわ。おかしい人って思った。かわいいって、ああいう人のことをいうのかもしれないわ。

かぶってる帽子から見える目が、ちょっとだけふらふらして赤かったの。照れてるのかしらって思ったけど、わたしは何もいわなかった。笑うんじゃないって怒られたけど、でもわたし本当に嬉しかったの。この人がすごく好きだわって思ったの。行ってしまいそうになったその人に、あなたは旅をする人なのって、わたしは最後に聞いてみたかった。そうしたらその人は、ただの医者で海賊だっていったのよ。不思議なことを言う人だと思ったわ。だって、海賊はあの人みたいに、あんなにやさしいものじゃないんだもの。誰でも知ってるもの。

彼女は花に水をやり終えてから、随分長く話し込んじゃったわ、と笑った。こんなに話したの、とっても久しぶりかもしれないわ。あなたもやさしい人なのね。ありがとう、わたし、あなたのことも好きだわ。

立ち上がったおれを見送るように、彼女は手を振った。ねえ。嬉しそうに笑う彼女の声。最後に聞いてもいいかしら。振り向いて視線を合わせて、ゆっくりと頷いた。あなたは旅をする人なの。


「おれ、キャスケットっていうんだ。海賊だよ」



あなたも不思議な人なのね。またねと言うおれに、彼女は嬉しそうに微笑んだ。








(いつかまた会える日を、)
(わたしはここで待ってるわ。)
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