その日は少し肌寒かった。

気温の変化にあまり強くないおれは、部屋から毛布を引っ張り出してきて、それと一緒に甲板に座り込んでいた。空気が澄んで遠くまで見える。おれは目が良くないからどれが星だかいまいち分からなかったけど、暗い空にたくさん光が散っているのを見るのは好きだった。

今日の不寝番だったペンギンには「あまり夜更かしはするなよ」と釘を刺されていたけど、なんとなく眠れない日はおれにはよくあった。だからきっとペンギンも見逃してくれたんだ。サングラス越しの夜空は光がゆらゆらと揺らめいて、なんだかこのままどこかへ落ちていきそうだと思った。

暗い空はどこまでも広い。

「…何をしてるんだ」

ぼけっと空を見ていたら、不意に後ろから誰かに抱きしめられた。足音に気づかないくらいぼうっとしていたんだろうか。自覚はなかったけど、少しあたたかくなって気づいた。なんだかおれ、結構冷えてるっぽい。

「船長。どしたんですか」
「質問したのはおれだ」
「えと…空を見てます」
「空?」

こんな時間にか、と船長は不機嫌そうな声でそう言った。何か怒らせるようなことを言っただろうか。おれが頭が悪いのは自他共に認めていることなので、おれは何も言えずに黙り込む。船長はふん、と呆れたように言いながらおれの隣に座った。何もしかないで冷えないだろうか。

「船長、下冷えますよ」
「ああ」
「風邪ひいちゃいますよ。今日寒いですし」
「寒ィのには慣れてる」
「………せんちょってば!」
「アァ?」

うるせェなって顔をした船長に、せめてもの防寒としておれの毛布を半分巻きつけた。普段からおれたちには風邪ひくなとか怪我するなとかうるさく言うくせに、船長は自分を大切にしてくれない。そういうところがおれは納得いかないのだ。
なんてことを船長に言うわけにもいかないからおれも黙っていたら、船長はなんでもない顔で空を見上げていた。ただ、向こう側の手が毛布の端っこを持っていたので、もうそれでいいやとおれも同じ方を見た。空は変わらず、真っ黒な世界に光を散らしたままそこにいる。

「…面白ェか」
「う?」
「お前がそんなに見るほど、面白ェもんには見えねェんだがな。おれには」
「ええー」

面白いよ、おれはちょっとだけ嬉しくなって笑う。船長に分からないことで、おれには分かることっていうのもあるんだ。それはなんだか、不思議なことだ。

「夜の空は星が見えるんだよ。ちかちかってする時に、声が聞こえる。おれはそれを見てるんだ。…せんちょは聞こえない?」
「…お前ほど耳がよくねェからな。星はなんて言ってる?」
「分かんない。でも、楽しそうに聞こえるよ」

楽しそうな声を聞くのは楽しいよ、船長の目を指で誘導しながら説明する。初めて見た星はおれにはぶれてはっきりとは見えない光だったけど、それが強いのと弱いのがいるのは分かる。時々星が瞬く、その時に何かささやくような声がした。おれはそれを、今もずっと聞き続けている。

人の声は怖かった。怖い、というと少し違うかもしれないけど、少し前までこの変によくできた耳のせいで、おれは聞きたくもない声や音を拾うことが多かった。おれには身を守る術がそう多くあるわけじゃないから、いつもどこかで警戒してなきゃならない気がしていた。

気持ちばかりが疲れていくおれに、声をかけてくれたのは他でもない、船長だった。偏頭痛で眠れないのを隠していたおれに、目を覚まさせるようにしてはっきりと。

「…おれの声だけ聞いてろよ」
「あ。せんちょも覚えてた」
「お前らに言ったことは忘れねェよ」
「それもそっか。せんちょ、みんなのこと大好きだもんね」
「まあな」

やっぱりなんでもない風に言う。船長の目が星を見ていた。それが嬉しくて、ちょっとだけ船長にもたれかかってみる。薄着なのにせんちょはあったかいなー、呟いてみたら笑われた。つないだ手に感じるあたたかさも、多分ずっと、おれは覚えていられると思った。






TITLE:white lie
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -