深めのフライパンを揺らしながら、片手に持った白ワインの瓶から透き通ったワインを流しいれる。まだ香りとしては前段階という感じだ。直接口をつけないようにしてワインを一口飲む。うまい。

「こういうつまみ食いがたまんないんだよな〜」

うへへ、フライパンの中で煮立ってきた野菜たちを見ながら、料理って最高の息抜きだなとふんふん鼻歌をうたう。船の上で暇になったら、海上にいるときは釣り、潜水中は料理をする、と決めてあった。それが一番楽しいからだ。

料理はまだつまみ食いできないので、あまりペースをあげないようにしてワインを飲む。なぜだかお酒には滅法強い方らしく、未だ酔う、という感覚に会ったことはなかった。この船の皆は島に着けば飲んでいるらしいが、そういえば皆と飲んだこともないなあと思い出す。お酒がおいしいのは知っているがおれにとってはそれだけなので、集まって飲んだりよりは買い出しに行ったり浜辺で魚を捕ったりしている方が面白かった。

今度は合流してみようかな、思いながらフライパンを揺らす。横に置いた椅子にちょっと腰を落ち着けた。考え事はあんまり得意じゃない。こんこん、控えめなノック音に、瓶を傾けたまま視線だけを向けた。

「失礼いたしますよ、キャスケット」
「あれ、ロニー」
「近くを通りましたら、料理をしているような気配がいたしましたので。何か気晴らしにですか?」
「んーん、ただの暇つぶし。あとこないだ、コックだって人からレシピ聞いたから作ってみてる。お腹でもすいた?」
「いいえ。もし良ければ、お邪魔していても構いませんか」
「うん! もちろん」

座っていた椅子をロニーに譲る。ロニーは手で遠慮するような仕種をしたが、おれが「料理中はあんまり座らないから」と言うとそれなら、と腰を下ろした。物腰が柔らかい、というのはロニーのためにあるような言葉だな、と思う。勉強のためにペンギンからもらった本に書いてあった。

「ロニーは何してたの?」
「本の整理と、それから研究の続きですね。窓から海を見るだけでも随分と助けになります」
「魚とか見える?」
「ええ。それはたくさん。深度と水圧を見ながら、ある一定の区間ずつで区切りをつけて、その間の魚や生物たちを比べるんです。そうすると、水と水に生きるものたちの関係性が分かるのではないか、と」
「…ロニーは難しいこと考えてるんだな」
「そうですか?」

沸騰した煮汁をこして違う鍋に入れながら、ロニーが楽しそうに語る研究についておれも考える。海の中にいる生物について…うまいかうまくないか食えるか食えないか、おれにとってはそのくらいだった。ロニーはすごい。

「キャスケットは、今何をしているんですか」
「これ? 前の島で捕ったアサリで、どっかのなんとかっていうバターソース作ってる。生クリームとか入ってて、なんか魚に合うんだって」
「レシピを覚えてる?」
「覚えてる…かな。こないだ聞いたし、忘れてもまあ作りながらつじつま合わせるよ」
「それが、キャスケットの『難しいこと』ですね」
「へ?」

ぱかぱか開いたアサリを殻から外しながら振り返る。ロニーはすごくピシッと座りながら、おれを嬉しそうに見ていた。ロニーってなんか、おれにはいたことないから分からないけど、おじーちゃんみたいだなって思う。話すのも話を聞くのも、ロニーはすごくうまい。

「人は誰しも、難しいことを考えて生きています。それが、人によって得意不得意があるだけなのです。分かりますか」
「えと…つまり、難しさも人それぞれ…ってこと?」
「そういうことです」

煮詰めながら生クリームやらバターやらを入れて、ようやく料理っぽくなってきたソースをぐるぐる混ぜる。ふつふつと良い匂いがしてきた。そういうことをおれはロニーと喋りながらやってるけど、別段これを難しいと思ったことはなかった。それは、これが昔からそうだったからだ。でも、ロニーの考えてることをおれが難しいと思うのと同じように、ロニーにとってはこれが難しいこと…なんだろうか。難しい。こんがらがってきた。

「おれにとっての難しいは、ロニーにとっては難しいじゃない?」
「私にとって、海のことを考えるのは『難しい』ではない、ということですね。そう複雑に考えなくてもよろしいのです。つまりは、君は料理が好きで、私は研究をするのが好きだということ」
「好き、は、難しい、じゃない」
「それは皆、よく分かっていることでしょう?」

塩胡椒を振って味を見る。アサリの味とバターの味がほどよく混ざって、なんだか高級料理のような風味がした。高級料理とか食べたことないけど。
途中で先にムニエルにしておいた白身の魚にかけてみる。少し深めの器にのせて振るように盛り合わせてみると、案外見た目も良い感じになった。そのまま切って口に運ぶと、…おお、結構うまい。フォークを添えてロニーにも勧めてみる。

「食べかけでごめんだけど、ロニーもちょっと食べてみて」
「いただきましょう」
「…どう?」
「これは…美味しいですね。初めていただく味です」
「やった!」

これからのレシピに入れようかなーと思いつつ、ついでにワインも飲んでしまうことにする。アルコールの匂いは好きでも嫌いでもないな、と思う。ロニーはお酒を飲むんだろうか。もっと食べてとおれが言うままにフォークを動かして、食べるたびに美味しいですと言ってくれる。ロニーに褒められるのは、船長とちょっと違って、でもやっぱりすごくすごく嬉しい。

「…あ、そうだ」
「なんでしょう?」
「おれ、海賊やるの好き。みんなのご飯考えたり、たまにどっかの海賊とか追っ払ったり、みんなで楽しく航海するの。好きだから、難しくない」
「ええ」
「おれ、海賊になって良かった!」

宝物を見つけたときみたいに、すごくきれいな空を見つけたときみたいに。そう言えばロニーは、それはとても素晴らしいことですねと、おれの頭に大きな手のひらをのせた。






TITLE:宇宙の端っこで君に捧ぐ
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -