「頼まれてたもの」

これからの進路と次の島の噂について、おおよそのデータをまとめた資料をぽん、と投げる。ソファで本を広げていたローは、こちらを見ないまま手のひらを上げるだけで答えを返す。そのままおれが壁に背中をもたれて日誌を広げるのも、お互い慣れた習慣だった。

「今迄から推測すると、次は春島だな。今の時期は晴れていても15度前後までしか上がらないそうだ」
「そりゃいいな。気温と湿度は低いに限る」
「いい加減食糧も底をつきそうだと。停泊期間はどうする」
「そうだな…コハリはなんと言ってた」

つい先日出くわした海賊との交戦で、船体に少し派手な傷がついていた。コハリはそれからずっとその修復にあたっている。何度かすれ違った際に聞いた話を思い出す、記憶の中でコハリはいつもより忙しなくばたばたと走り回っていた。

「航行には問題はないが、潜水には不安がある、と」
「…潜水できねェんじゃ問題だろうがな。しばらく様子を見る」
「了解。他には」
「ああ、」

顔をあげて、目の前の机にのっていたカップを取り上げる。部屋に染みた紅茶の匂い。ローが口を開くまで待つのも慣れたものなので、手元の日誌にまた目を落とす。時々自分以外の字が書いてあるのが、あいつららしいと思ってくすりと笑った。

「キャプテンキャプテーン!!」

その瞬間、すぐ横の扉がバターン!! と盛大な音をたてて開かれた。内開きの扉はこういうときに危ないよな、と蝶番と反対側に立っていたおれはぼんやりと思う。弾丸のように飛び込んできた白くまのベポは、ローが返事をする前に興奮したように嬉しそうに言った。

「キャスがキャプテンのこと、やきうちしたいっていってたよ!!」

ローが飲み物をふいたのを初めて見た。大切に扱っている本にはかからなかったが、机はかなり悲惨なことになっている。あとで自分で拭かせよう。

「ベ…ベポ…? そりゃ一体、」
「アレ? やきうち? …やみうち?」
「より悪いわー!!!」

ベポが開け放したままだった扉から、キャスが飛び蹴り体勢で飛び込んできた。「その口を閉じろバカベポー!!」「うきょーん!!」ベポの背中のど真ん中にキャスの蹴りがクリーンヒットして、そのまま二人して床をごろごろと転がっていく。ローはいい加減あごからボタボタしてないで拭いた方がいい。

「ちっ、違うんです船長!! 別におれ船長のこと焼き討ちしたいとかましてや闇討ちしたいなんて考えたこともないですからッッ!!」
「いや…まァ闇討ちくれェ好きなだけするといいと思うが」
「おれと目合わせてせんちょおおおお!!」

ベポに乗っかったまま冷や汗だらだらのキャス。見ている分には面白いが、焦ってベポの背中をベシベシひっ叩いているのはどうかと思う。ベポは毛皮があるからまあ大丈夫だとは思うが。見るからにバタンキューしてるし。

「なァペンギン…おれはそんなにキャスケットに嫌われてたんだな…」
「ああ…そこでおれに振るのか…まあ、人間同士相性もあるって言いますしね」
「ペンギンもお黙んなさい!!」
「残念ですね船長、船長はこんなにクルーのことが好きなのに。片想いですね」
「両想いだと自負してたんだが…おれの愛が足りなかったか…」
「精進してください、船長。キャス以外ならきっと大丈夫ですよ」
「コラァー!!!」

顔を真っ赤にしたキャスの袖口から、割と明確な殺意と共に薄型のナイフが飛んでくる。ひょいっと首を動かした、その空間にざっくり突き刺さるナイフ。照れ隠しにしては危険すぎる。

顔を隠して泣いたフリをしているローはおれから見れば爆笑しないようにこらえてるだけにしか見えないし、それを見ているキャスはフォローしようと無駄なところに一所懸命になってるし、ベポに至っては寝ている。なんだこの光景。

あんまりキャスの頭に血をのぼらせて倒れられても困るので、この辺だろうというあたりで助け舟を出してやることにする。助けてやるから、ちょっと笑ったくらいでおれを睨むのはやめてくれ。

「訂正ばっかりするんじゃなくて、本当のことを言えばいいだろう。お前のはむしろ逆効果だ」
「え!? …あっ、そうか!」
「頭が緩いのも考えものだな」
「よしペンギンは後でサボテンの刑な」

笑顔でナイフを構えられても困る。はいはいと両手を挙げて黙る意志を表明すれば、キャスはまた焦りながらどうにか言葉を継ごうと口を開く。もう少し考えてから発言しろという助言はいつも受け入れられない。まあ、考えたところでマシな文章が出てくる頭でもないが。

「せんちょ、あのさ、おれがいったのはその…今度つぎ島ついたら、せんちょとみんなで焼き肉とかしたいなっていう話で!!」
「焼き肉?」
「そう! ここのキッチンって食堂と遠いし、だから皿とか個別にしないとだし…大皿料理も確かにやってるけど、でも鍋? とかそういう、なんか囲んで食べるっていうの、おれやったことないと思って」
「あァ、確かにな」
「それでベポに聞いたら、島着いた時には組み木たててその辺で作ってたっていうから、おれもせんちょと焼き肉したいなーっていったら、ベポがいきなり走り出したっていうか…分かる?」

笑い出しそうになる口元を押さえて頷いたローは、見るからになんというか、嬉しそうだ。キャスはこうだしコハリと並んで最年少というのもあって、クルーの中でも弟分という気質が強い。ローに至ってはその目が最早お父さんのそれだ。面白いの半分、他の感情が半分、といったところ。べたべたした関係は好まないが、甘えられるのはきっと好きなのだろう。

「ベポの早とちりも困ったもんだな」
「うう…いやでもおれの言い方も悪かったかも」
「なんだ、闇討ちはしてェのか?」
「それは絶対ないです!!」

キャスをからかって遊ぶローに、キャスは絶対にナイフを投げない。なんだかんだいって、キャスのローへの心酔っぷりは結構なものだ。尊敬もしている、慕ってもいる。おれたちがローに守られているのと同じくらい、キャスはローを守りたいと思っている。クルー全員と同じ気持ちで。

今更に気づいてベポを助け起こしているキャスに、ローが「次の島でやるか。焼き肉」といったら、キャスは心底嬉しそうな顔で「やたー!!」とガッツポーズをしていた。

逆に落とされたベポは「うべっ」だかなんだかと言っていたが、まあ、半分は自業自得だろう。






TITLE:white lie
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