どたどたどた、足音すら気にせず船内を駆ける。一番奥にある少し丈夫なドアを、おざなりに2回ノックしてブチ開けた。

「せんちょおおおお!!!」
「なんだうるせェ」
「うるさいじゃないですよ! なんでこの船、鍋だけばかみたいにあってフライパンは一個もないんですか!!」

勢いのまま持ってきてしまった鍋をブン投げないように握りしめて、はーはー言いながらキッと船長を睨みつけた。船長はおれをアア? って感じに見てから、ああ、って感じに頷いた。

「そりゃ、使ったことねェからだ」
「なんでそんな当然みたいにー!!」

ガシャーン!! 船長室の扉から外へと思いっきり投げ捨てる。おれにだって限界はある。

ベポに案内をしてもらって入ったキッチンは、それはもう酷いと一言で片づけるにしたってどうだ、という有様だった。洗い物はこんもりとしているし、皿やらカップやらがあふれんばかりになっているし(つまり洗わないくせに量だけはあるという状態だ)、何よりもコーヒーメーカーだけはぴかぴかに保たれているのが納得いかなかった。なんだこのキッチン。飯食う気あんのか。

「洗いもんは別にしたって、あの状態で今までどうやって飯食ってきたんですか」
「あー? …何かその辺のもん適当に」
「生きてただけすごいですね、本当に…!!」

8割5分は本気で尊敬した。あのきったないキッチンでどれだけの航海をしてきたのかは知らないが、栄養管理については壊滅的だったに違いない。それでもここまで来られたというのは、生命力が強いか人間じゃないかのどっちかだ。どっちでも嫌だけど。

なんか頭痛くなってきた…とこめかみに指をあてながら鍋を拾いにいく。なんだか知らないが、船長は機嫌よく笑っていた。楽しいならいいけど、と半ば投げやりに、…その笑顔がやっぱりきれいだと、思った。泣きたくなるくらいに。

思考を振り切るように向き直って鍋を見せつけた。これだって焦げ焦げで使いもんにはなりはしない。キッチンが気に入らないというなら、おれ色に染め上げればいい話だ。今日からこの船のコックはおれなんだから、文句は言わせない。

「次どっか上陸したら、フライパンとか買ってもいいですか」
「そういう管理はペンギンの仕事だが。まあいいんじゃないか」
「食材とか、そういうのもそろえていいですよね。あの冷蔵庫、ただの冷える箱になってますけど」
「奥に横開きの倉庫があっただろ。あそこに缶詰が山ほど入って」
「それ以上言ったら全部捨てます、今すぐ」

鍋の取っ手がミシッと鳴るほど握りしめる。船長はお前って見かけによらず短気だな、といってまた笑った。船長はからからと笑うタイプじゃないけど、笑ってくれてる時はちゃんと分かる。それが嬉しかった。口には出さないけど。

この缶詰海賊が! くらいはいってやりたかったが、なんとか押しとどめて船長室を出た。扉を閉める直前、お前の自由にやれよと船長の声が耳に届く。返事はしなかった。見透かされているようで恥ずかしい。

鍋を抱えてのしのしとキッチンまでの道のりを歩いていたら、航海室からペンギンさんが出てきたのに出くわした。ペンギンさんはおれを見て、ああキャスか、と気づいたように笑った。

「キッチンの方はどうだった」
「最悪です」
「はは、だろうな。お前が気に入ると思ってそのままにしてあったんだ」
「ペンギンさんって冗談いうタイプだったんですね…!!」
「それこそ冗談だ」

おれの背後の炎に気づいてか、ペンギンさんは肩をすくめてさらっとかわした。何かそのうち誰かに噛みつきそうだなおれ。うなってでもやりたいと奥歯をぎちぎちやっていたら、ペンギンさんがそういえば、といってポケットから何かを出した。上を向いて、と言われるままに上向く。少しだけ冷やりとしたペンギンさんの指が、ほてったこめかみに少し気持ちよかった。

「なんですか? …サングラス?」
「目の色が戻るまで、と船長がな。気にならないなら取ってもいいし、気に入ったならかけておけ、と伝言だ」
「船長が?」

片手だけ鍋から離して、鼻の上にちょうど乗るように調節した。目の前が少し暗く見える。明るい空は見えていて、流れるような海も見えている。それでも少しだけ、"シャチ"が遠くなったような気がした。

「…ありがと、ペンギンさん」

ちょっとだけ笑ってみた。多分いつものおれよりも変な笑い方だったと思うのに、ペンギンさんは気に入ったなら良かった、と笑い返してくれた。揺れる船はおれにとっては初めての経験で、それでも一緒にいる人は、前よりももっと居心地がいいと感じられる。泣きそうだ、と思った。それでも、もう泣きたくはないとも思った。

「ペンギンさん、好きな食べ物ってある?」
「食べ物? そうだな、」








空はどこまでも青く、海はどこまでも澄んでいた。



おれは今日も、ここで生きている。生きていく。



















この声を、


(いつかきっと、君に届けるまで。)

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