目を覚ましたのは、島の隅にある土の上だった。呼吸すらもこの身体に痛みを与える。どうにか動かした指先に、冷たい水がぱちゃり、跳ねた。激痛すら忘れて首を動かす。

「………、」

イルカ、と。呟いたつもりだった。音にならない声。眠るように目を閉じたイルカ。おれのとぶ前の記憶が正しければ、彼女にもう足はないはずだった。それでもおれは、手を伸ばして彼女に触れた。

「……ぃる、か、」

冷たい頬。それでも、彼女に触れられたことが嬉しかった。おれの生きる全て。それが失われた今、おれに生きている意味などなかった。村がどうなったかなんて分からない。だが、もうここで命が生きていけるはずもないことだけは知っていた。この島は滅んだのだ。自然どころか、身の内に宿る狂気に負けて。


目を閉じる。おれはいつか、イルカと海に行きたかった。イルカと同じ景色を見たかった。でも彼女は、イルカは、その海から来た人だったんだ。だからあんなに綺麗だった。あんなにきれいなひとを。あんなに。

さくり。草が揺れる。閉じた目はもう開かない。生きる意味のないおれに、もう守るものはない。

イルカ。おれはあんたを愛してた。それはきっと本当の家族よりも本当に近く。浅ましい思いを抱いたことすらない。そんなものをこえて、あんたとおれはひとつだった。あなたは真っ直ぐに話すのね、シャチ。彼女の声が遠くなる。闇がどこまでも迫る。もう伝えられない。ただ側に。イルカ、あんたは。


あんたは、おれの、全てだったんだ。



「――…死にたいか」



耳の奥に落ちる声。じゃり、と靴が塵を噛む、その雑音すらも許さないような。


「死にたいか」


同じ音で響く。イルカに触れていた指を引きはがされるように、思い切り引き上げられた。閉じていた目を無理矢理こじ開けられる。(…めちゃくちゃだな、)死に際にあってそう思った。

死にたいか。ぼろぼろの頭でぼんやりと考えた。死にたくはなかった。ただ、息をしているだけが生だというなら、死んでしまっても構わなかった。イルカはもういない。この島にはもうなにもない。おれの手にはもう届かない失われたイルカのあたたかさ、それが今熱をもって頬をすべり落ちる。おれはひとりぼっちだ。全部なくなってしまった。おれが神に憎まれたというなら、このまま死にゆくのも悪くなかった。おれを愛してくれた人は死んでしまった。死は遠い。おれには耐えきれない。それでも。行く場所は。そこしか。――――おれは。

「村へ行った。全員死んでる。お前が戻る場所はどこにもない。それでも」



――生きたいか。



その深い声に、同じ音を返せたかどうかは分からなかった。
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