「船長、ちょっと…」

いつものように船長を呼びに甲板に出る。広めにとってある甲板の上、浮上した最初の日は決まって昼寝をするのが船長のいわば趣味だった。襲撃があれば真っ先に狙われる位置だが、船長室にこもられるよりは万倍マシだ。そう思いながら扉を開けた、…その先の日常に横たわる非日常に思わずおれは口を閉じた。反対に相手が口を開く。

「…状況説明をしろ」
「…それはどちらかといえばおれの台詞だと思うが?」
「うるせェ」

ベポの腹に自分の腕を重ねて頭をのせる船長、そこまではいつも通りの光景だった。ただ、その船長の腹の上に、一人のクルーがまた頭をのせている。これは初めての光景だな、と頬を緩めた。船長はなぜか隈の酷い目元に更に影を作っているが。

「重いのか?」
「逆だ逆。こいつ飯食ってんのか」
「ああ。この頃不調のようだな、調理中の味見だけで満腹だとか」
「…チッ」

船長はクルーが嘘をつくのを嫌う。それは表面的なものではなく、感情や体調など、"自分自身"に嘘をつくのを嫌がるのだ。残忍を売りにしている海賊にしては面白い船長だと思う。長い付き合いではあるが、クルーが増えるにつれまた面白い変化をしているようだ。体調面に関しては、自分がクルーの主治医だと自負しているだけはある。

「お前が食わせとけ。いつも言ってる」
「…そうは言ってもな。作るのはそいつだから、隠れて食ったと言われればそれ以上は無理だ」
「…………」

不満そうに、というよりも不機嫌そうに刀を肩にあてる。何か思案しているときの船長の癖だ。かちん、かちん、苛立っているわけではなく困った風に響くその音に、おれも困ったな、と呟いた。

かなり深く寝転がっている船長の腹の上、子猫のように丸くなって寝ているキャスの後ろ頭を見る。トレードマークにもなっている帽子が顔にかぶっているせいで、おれからは表情のひとつも見えはしない。乗船したばかりの頃は眠れない日が続いていたようだったが、こうして真昼間から眠れるようになったのはいいことだ。船長がゆっくりと手を下げ、帽子に隠れたキャスの頬に触れた。はあ。珍しいため息。

「…ロー」
「なんだ」
「そんなに気になるなら、お前が見てやればいい」
「…この頃は忙しいんだ」
「知ってるさ。次の島は古代島だからな。だけど、お前にとって航海とクルーと、どっちの方が大切かってことだ」

薬の準備だってクルーのためだとは思うけど、と逃げ道も用意してやる。それも確かに重要なことだったからだ。おれたちの船はクルーが少ない。ただでさえそうなのに、この船長はクルーをかばうことをやめないのだ。なら、クルー全てが万全の状態でなければならない。その管理をするのもおれの仕事だったが、それにだって限界はある。クルーはおれについて来ているわけじゃない。この目の前の、なんだかんだいって器用で不器用な船長についてきているだけの話なのだ。

「お前が隣にいれば、飯くらい食うだろ。キャスはお前が大好きだから」
「…そうだな。朝昼くらいは上がるようにする」
「賢明な判断です、船長」
「うるせェ。お前の用はなんだ、ペンギン」

持っていた海図で口元を隠しながら返せば、表情すら見えないはずの船長がキッとおれを睨みつけてくる。これも昔からの、照れ隠しの癖だ。お前もクルーが大好きなのは、クルー全員が知っていることだっていうのに。

睨んできた目にああ、と返して、立ったまま海図を船長の方に向ける。読んでいた文献と空の様子と波の数、伝達するポイントだけをかいつまんで言うと、今度は船長が同じように頷いた。

「雨でも降るのか」
「多少はぱらつくかもしれない、といったところだな。潜るほどではないと思うが、念のために」
「…このままでいい。嵐になりそうだったら早めに奥に伝えろ」
「了解」

海図を丸めてポケットに入れる。甲板から見た波は落ち着いているが、少しだけ波の数が多い。海面の風が徐々に強まっている証拠だ。海軍の駐在所が近くもなければあまり潜りたくもないが、嵐の時はそうもいっていられない。

もう一度だけキャスの背中を見て、その丸まり方に猫というよりは毛玉みたいだな、と思う。いつもは食堂に出てくる船長がこの頃は部屋にこもりきりで、口には出さずとも寂しかったに違いない。そう思うクルーが何人もいる。それから、おれも。

「…キャスが起きたら、今日は一緒の飯だっていってやれ。きっと喜ぶ」

口元だけ笑ってそういってやれば、一度だけちらりとおれを見た船長が、寝室から毛布とってこいとだけ小さく呟いた。






TITLE:White lie
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