例えばそれは一陣の風。表情ひとつでオレを揺らし、ただ舞い上がる気持ちだけが取り残される。
例えばそれは鳥の囀り。その声が、音が、オレの鼓膜をびりびりと震わせて浸透する。
例えばそれは甘い毒。特効薬など存在しない。触れたら最後、侵入、侵食、全てを支配し蹂躙する。自らが滅びるまで。
「…何をしているんです?」
「ん?」
声に振り向けば、ベッドの上に肘をついて上体を起こした骸が、ぼんやりと思考していたオレを訝しげな瞳で見ていた。半開きの目を眠たそうにこする。眠いのならまだ眠っていればいいのに。
「いや…お前を表すのにはどんな言葉がいいのかな、と思って」
「僕、ですか?」
「うん。お前って何か、言葉ででも縛っとかないとふわふわどっか行っちまいそうだからさ」
曖昧なものだ。頼りないものだ。けれども、ふわふわと漂う骸を捕まえておけるのは、そんなものしかないようにも思われる。骸は捕らわれない。囚われた身こそあれど、心はいつも骸が主導する。
それが当たり前のことであると認めるのが、オレはこんなにも悔しくて。苦しくて。…それから、どうしようもなく愛しくて。
「骸をもっと、オレに縛りつけておきたいんだよ」
「…おかしなひと」
「…そうかな」
しみじみといわれたら苦笑するしかない。
体をシーツに沈めた、その後ろ頭に優しく手を置いた。猫みたいに細めるその瞳に、向けられた手のひらに怯えていた幼き影はもういない。嬉しいと思う、惜しいと思う。やはりそこには何の隔たりもなく。
「なあ、明日、どっか行こうか」
「…いいですね。あの子達を連れていっても?」
「構わねえよ。一緒に飯でも食おうぜ、たまには」
今は向かいと隣の部屋で寝ている、骸が愛してやまない子供たちを思い描く。きっと嫌な顔をするだろう。それでも、骸が行きましょうといえば着いてくる。とても嬉しそうに。それだけでいい。
また微睡み始めた目尻にキスを落として、オレももう一度シーツにもぐりこんだ。