「キャス、どうだ?」
「ん〜…後方よし、前方よし。異常ないでーす」
「了解」

天気も快晴、襲撃も無し、珍しく凪いでいる偉大なる航路を、ハート海賊団の乗る船は記録指針の指すままに、問題も苦も無く進んでいく。その見張り番をしていたおれは、帽子の影からより遠くの海をじっと見つめていた。水平線の上はまっすぐと線を描く。

「い〜い天気だなぁ……」

見張り台のふちに手を置き、緩やかに流れる風を受ける。普段から戦いに調査に航行と落ち着く間もないような日々が多かったが、それでもうちの船長は基本的に穏やかな時間が好きだ。どたばたとするのは性に合わないという。それはおれも賛成だ、と見張り台の中に座りなおして思う。

「ペンギーン」
「どうした」
「いい天気だよー」
「おれにも見えてる。何か見えたのか?」
「雲と空と海が見える」
「…平和で何よりだ」

寝るなよと言い残してペンギンの気配が消える。少しだけちぇーと思ったが、見張りが退屈なのはいつものことだ。むしろここから何か見えるということは、船の平和が乱されるということで――おれとしても、そっちのほうが頂けない。時折カモメが来てクークーと鳴く、この時間は悪くない、と笑う。

「キャスー」
「お? ベポか。どしたよ」

腕を後ろ頭で組んで寄りかかったら、甲板に来た違う気配がおれを呼んだ。その声はかわいくもありケモノらしくもあり、おれは立ち上がらないまま空へ向かって声を返す。

「キャプテンがキッチンに置いといた瓶知らないかって」
「ビン? …んー…知んない」
「そっかぁ…キャプテンになんていおう」
「それって、」

よいしょ、と立ち上がって上から甲板を覗き込む。そこには予想通り、お揃いのツナギ姿の白くまが立っていて、困ったように右往左往していた。

「何が入ってるとか、船長に聞いたか?」
「ううん。何かの薬だっていってた」
「薬ねェ」

劇薬だとすれば困りものだが、船長が慌てている様子は感じなかった。ということは、そう危険な薬ではないということだろう。思ったのは全て憶測だが、あの人が船員を大切に思う気持ちに嘘はないと知っていた。確かに反乱分子や使い物にならない船員には容赦せずにめちゃくちゃしたりするが、それがハート海賊団の船長なのだから仕方がない。

「ペンギンにも聞いてみな。さっきまでここにいたから」
「さっきキャプテンとこ行っちゃった…入ってったら怒るかな? キャプテン」
「ベポがすることでせんちょが怒ることなんかそうないでしょー」
「…そうかなあ…」
「そうだよ。行っといで、ベポ」
「………分かった」

うん、と頷き返してやる。ベポは格闘技ではめちゃくちゃ強いくせに打たれ弱かったり、ずうずうしいかと思えば船長に対して遠慮してしまったり、そういう不器用なところがすごく末っ子らしいと思ってしまう。船長も他の船員も、そこが可愛くてたまらないのだと思った。

てけてけと船長室の方へ走っていくベポを見ながら、また水平線の上を流れるカモメの影を感じる。潜水艦の常は当然ながら海の中だ。おれは船長とは違うから、好きなときに海にもぐって泳ぐことができる。でも、潜水するのはまた別だ。それから、こうやって海の上に出るのも。

「キャスー」
「ん? まだいたの」
「もう行くけど。…んーと」
「なに」
「キャスってけっこー優しいよね」
「…あ そう」
「うん。えへへ」
「……早く、行け」
「アイ!」


いい天気だな。目を閉じて、思った。







TITLE:いつか消えます

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