緑間がオレのために泣いてくれたら。


だん、とボールが床にぶつかって跳ね返る。普段から投げっぱなしにしているそれは、止める手も避ける足もないままに転がって壁に当たって静止した。ぽつりと佇むそれは義務も役割も終わったとばかりに沈黙して、もうなんの意味もなさない。

フリースローラインの少し後ろ側に立つ、緑間の背中をじっと見た。俯瞰では見ることのできないその背中を、意識すらぼんやりと薄れさせたまま眺め見る。団体練習が終わった後も個人練習に励み、家に帰れば自主トレもする。イチローの同級生もこんな気分だったのかね、と座り込んだ壁の冷たさを感じながら呟いた。天才が努力をする、それだけでもう凡人は追いつけはしないというのに、努力することすらも才を受ける者がいる。それだけでもう十分だ。

緑間は黙々とボールを投げ続ける。カゴのボールが半分以下になったらオレが自主的に拾いに行き、それを延々と続けるのだ。それこそ緑間が満足するまで。オレはといえば、その後ろでシュート練をするか、コーン回りをするか、そのくらいだ。レギュラー用の部活練が終わった直後から厳しい自主練ができるほど丈夫ではない。目の前の光を見て悔しいと思わないこともなかったが、張り合っても仕方のないものは存在する。劣等感はないと言い切れるが、諦観念がないかと問われれば自信はなかった。オレは影の支えでいい。緑間がそれを望むなら。それを不健康だと笑うなら勝手にすればいい。


「高尾」


振り向いてオレを呼ぶ、その瞳に優しく微笑んでやる。緑間は相手の感情に敏感だ。けれど、それは感じるというだけで、常に譲歩が存在するわけではない。心情の動きを悟らせまいとして生きてきたオレだったが、緑間はそんなこと意にも介さなかった。他人の感情は他人の感情として捨て置くのが信条なんだとか。不思議なやつ。


「なーあに、真ちゃん」

「…いや。疲れたなら先に出ておけばいいだろう」

「気遣ってくれんの? 真ちゃん優しい」

「冗談は頭の悪さだけにしておけ」

「ものすごい勢いで手の平返された!!」


和成ショック! やたらと大げさに反応して見せれば、緑間は予想通りとても嫌そうな顔でオレを見た。怒りや不機嫌の感情はよく表に出す男だが、こうやってドンビキしたりとか、相手に干渉されやすい方向に感情を揺らすことはあまりない。オレはそれが嬉しくて、つい緑間をからかってしまう。小学生のガキのよう。それでもオレは、緑間に関わっていたいと思う感情を止められない。


「真ちゃんは気にしなくていんだよ」

「だが、もう20時を回るぞ」

「8時なんてまだまだっしょ。うち夕飯出んの遅いし、真ちゃん終わるまでここにいるよ」

「…オマエこそ、」

「真ちゃん」


きっと、気を遣わなくてもいいとか、そういうことを言おうとしたんだろう。真ちゃんは分かってない。例えばオレがこうやって真ちゃんを見ながら真ちゃんのことずっと考えてることとか、真ちゃんの背中を見てやっぱり届かないなあって思ってることとか、そうやって真ちゃんがオレに感情を向けてくれることが嬉しくて仕方ないこととか。だから真ちゃんも、もっとオレでいっぱいになればいいとか。そういう、高校生にしてはちょっとどうかなって思うこととか。


「オレが好きでいるんだよ。だからもうちょっとだけいさせてよ」


そうやってオレが笑えば、仕方ないなって風に笑う真ちゃんが、オレにとってはものすごく破滅的に(または壊滅的に。オレの中のダムに対して)可愛いもので、あること、とか。



の右脳
(だからオレのために泣いてみせて)

TITLE:にやり
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