その瞳が気持ち悪い、と思った。

 グラウンドの端っこで、毎日飽きもせず沈んでいく夕日を見ていた。橙色の丸いそれは、遠くの低いビルとビルの間を狭そうに身動ぎながら下りていく。青々と茂った木々が夕陽と同じ色に染められていくのが、心の隅に少しの安穏をもたらしていた。全て燃えてしまえばいい。こんな色、全部。

「―――シアン」

 聞こえた声に、ボクは振り向かなかった。ため息のような苦笑のような、そんな風に名を呼ばれる謂れはない。ざり、と砂をこする音すら神経を逆撫でされる気分だった。この人の存在自体がボクの平穏を乱す。ボクにとっての害悪。

「シアン、お前まだ帰らないのか?」
「ユーシさんには関係ないDeath」
「そうはいってもな。少なくとも、グラウンドにいる間はオレが保護者だから」
「だから? だからなんDeathか?」

 その言い方も声も話し方も全部、それから肩に触れた手のひらの熱も全部が全部、叩き捨てて踏みつけてぐちゃぐちゃにしてやりたいほどボクの憎悪を燃やした。あんたの全てが偽善で無駄だと、声を大にして詰ってやりたいくらいだ。

「ボクに構ってる暇があるなら、あんたの大好きな楽しい楽しいサッカーで、仲良しごっこでもやってなよ」

 ボクはあんたのサッカーになんか興味はない。それ以前に、サッカー自体にも興味はなかった。ただ、瞳を輝かせて目標に向かう、その煌めきをこの手で砕き、踏みにじるのが面白かった。それだけだのことだ。その目的が達成されていない、だからまだ、この気持ち悪い人間のそばで、面白くもないサッカーをやっている。それだけだというのに。

「…随分嫌われたもんだな」

 肩をすくめ、苦笑気味に眉を下げる。勘違いも甚だしい。こいつは多分、オレがサッカーをやるまでに挫折か何か経験して、それでサッカーが嫌いになってしまったんだとか頭のおかしいことを考えているんだろう。だから自分の力で、この哀れな子どもにサッカーの楽しさを思い出させてやろうとしている。完全に自分の満足のためだけに。その思惑に触れる度、胃の底から吐き気が襲いかかった。

「そんなにオレが気に入らない?」
「気に入らない」

 即答してやった。少しでも歪めばいい。あんたのその、仮面でぐずぐずになったお綺麗な顔が。

「薄ら寒いよ、あんたのいってることは。自分が正しいと思ってる、ボクたちが何も知らないと思ってる、あんたの意見を押しつけようと思ってる。それ、何ていうか知ってる? 偽善者っていうんDeathよ、そういうのは!」

 振り返りざまにぎっと睨みつける。ボールでも蹴りつけてやろうかと土を踏んで――…視界にうつった翡翠に、反射的に息が詰まった。悲しい色も怒りの色もない。ただ真っ直ぐにボクを見つめて、もう一度、ためらいがちに口を開く。耳を塞ぐ暇もなかった。聞きたくない。あんたの声なんか、金輪際。

「…それでもオレは、お前にもサッカーを楽しんでほしいよ」

 ごめんな。小さく呟く。そんなときばっかり、あんたは絶対に目を合わそうとしない。それが卑怯で不快で鬱陶しい。最後の最後で引こうとする。逃げ道を残そうと、自分が大人だから逃がしてやろうと。それこそふざけた思考だ。
 だからボクは、いつも同じように吐き捨てる。

「ユーシさんのそういう所が、ボクは大嫌いなんDeathよ」

 あんたのその翡翠がいつか、割れて砕け散ればいい。
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