「はい、春巻き定食と豚汁定食ね。お待ちどうさま」
「どうもー」
「雪ちゃん今日もかわいいわね〜。いっぱい食べて行ってね? あんまり痩せてるとおばちゃん心配しちゃうわ」
「分かってるっつの。これでもちょっとは増えてんだよ」
「そうお?」

 ゆっくりね、と言い残して(ついでにオレの頭をかいぐりかいぐりして)去って行ったおばちゃんの背中は見ずに、ぼうっとしている倉橋を少しだけ睨んでみた。こいつ生きてんのかな。ほんとは死んでんじゃねェかな。

「雪。今けっこー失礼なこと考えたろ」
「アンタがゾンビみてェって思った。顔死んでるし。色んな意味で」
「そりゃまた新しいな」

 少し本当に近い顔でおかしそうに笑う。オレが割り箸をぱきっと割ったのを見てから、ぐいっと体を起こして自分も割り箸に手を伸ばす。オレの割り箸はささくれがけば立っているけれど、倉橋が割ると切断面はとてもきれいに真っ二つになる。いつかの夜に、オレの特技だといって自慢していたのを思い出す。あと、オレをひっかけて組み敷くのも。こいつほんとロクな人間じゃねェ。

 ちょびっとでも心配して損した、湯気をあげる春巻きを口に放り込んでもぐもぐする。やっぱり店長の料理は何を食べてもうまい。最初の頃はちゃんとメニューにあるものを注文していたが、いつかの日にメニューを見ながら悩んでいたら、店長が「食いたいもんのってねえか?」と厨房の奥で笑いながらいった。今日はエビフライが食いたかったと思わずこぼしたら、おやすい御用だといって手早く揚げてくれたのだ。その日から、オレは気分に合わせてメニューにあるものからないものまで、店長の「何食う?」に好きなものを答えるようになった。店長もおばちゃんもそれがいいといって笑う。オレも気恥ずかしくはあったが、甘えてもいいんだという好意を邪険にはできなかった。

「…何見てんだよ」
「いや。なんで突然春巻きなのかなーと」
「商店街で見かけたんだよ。店長の春巻き食ったことねェし」
「あー、なるほどね」

 ずずーと豚汁をすすりながら倉橋がぼんやりと頷いた。店に来るまでの間は特に話はしていなかったが、それでも頷くくらいはしていたように思う。気に入らないと思いながらも、目の前にいれば気になってしまう自分が憎かった。というより、のらりくらりと生きながら、オレなんかに構うこいつに心底腹が立つ。さっさと結婚でもなんでもして、いい加減遊ぶのはやめればいいのに。…そんなことは、たとえキレていても言えるはずがなかった。

「…疲れてんなら、オレ今日帰るけど」
「んー?」
「休みの日くれェ、一人で過ごせよ」

 行儀悪く春巻きをくわえたまま、視線は合わせずにもごもごと告げた。オレがこいつの家に行くことに、これといった意味はなかった。倉橋の家は一人暮らしにしては少し広くできていて、二人でいても問題はないというだけだ。来客用の布団を持たないクソ野郎のせいで同じベッドに眠る羽目になってはいるが、その間には何もない。風呂も台所も使うことがあるし、オレの最低限の生活用品は置いてある。礼代わりに飯を作ってやることもある。でも、それだけだ。

「オレがガキだし、ほっとけば野垂れ死にするとか思ってんじゃねェの? 義務感もって泊めてるだけだろ。オレが懐いてるからって、そこまで優しくすることねェよ」
「…へえ。雪はオレが優しいと思ってんだ」
「…馬鹿にしてんのか、テメェ」
「してねえよ。ガキの純粋さに目がチカチカするって話」

 完全馬鹿にしてんじゃねェか。肩をすくめたその苦笑顔に、今度こそ水をブチまけてやりたくなった。こいつはオレの譲歩や駆け引きに絶対に応じない。だからといって今みたいに真っ直ぐいっても、結局はこいつのやりたいようにやるのだ。オレの心配も憂慮も、更にいえば嫌悪や好意の差すら、倉橋にとってはどうでもいいことだった。

「オレが泊めたいと思ってっから泊めてんだよ。ガキが変な思考すんな」
「……だったら、その胸クソ悪ィ顔やめろ。飯がマズくなる」
「そりゃ困ったなー。店長の春巻きウマいのにな」
「アンタ、割り箸で目とか刺されても平気な方」
「それが平気だったらオレは日本が誇る兵器だな」

 なんつって、くだらないオヤジギャグをとばしてにへらと表情を崩す。さっきまでの死んだような顔よりは万倍マシだったけれど、らしくないと思った違和感は倍になった。睨むというよりは目を細めて真意を問う。店長の作りたての春巻きをかじる目の前で、倉橋がかぶの新香をぽり、とかじった。



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